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「盗まれた絵の捜索……ですか」
イチはグラスを置き、言った。
「三谷さんは、画家か何かですか?」
「画家ってほどじゃありません。ただの……しがない絵描きですよ」
三谷は自嘲するように言うと、氷が溶けつつあるコーヒーを口にした。
表面にある層は、どこか自分の人生のように味気なく感じる。
「朝起きたら、描いた絵が無くなっていたんです」
「それが置いてあったのはご自宅ですか?」
「ええ。離れのアトリエで描いているのですが、いかんせん、鍵なんて掛けたことなくて」
その言葉に、詩織は反応した。パソコンのメモ機能を閉じ、次に開くはインターネット。
打ち込んだ言葉は、三谷栗男。
絵のことはよく分からないが、もしかしたら有名な画家なのかもしれない。
そう思い調べてみると、なんと予想は的中していた。
「三谷さんって、すごい人なんですね……」
モニターをイチの方へ向ける。そこに書いてあったのは、地方の施設に飾られているらしい絵画や、どうも有名らしいコンクールの名前。銀賞と、三谷の文字。
「サインを頂いてもよろしいですか?」
イチの目が光った。彼はミーハーだった。そしてどこから出したのか、いつの間にか色紙を持っている詩織もミーハーだった。
三谷は大袈裟に手を振り、二人に言う。
「いやいや、そこまで有名じゃないですよ」
言い、三谷は立ち上がり、詩織の持っている色紙にサインをした。
「写真……」
「ですからそこまで有名じゃありませんって」
言い、三谷はイチと寄り添い、顔の前でピースサインを作った。
ノリノリである。
イチと画家の2ショットを、詩織はデジタルカメラに収めた。
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