白菊

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白菊

 冷たい雨が地面を穿(うが)ち、私の心の傷を拡げていく。貴方の左右に飾られた白菊が、涙のように水滴を零し溶けていく。  祖母の葬式以降着ていなかった古い喪服を着て、白いハンカチを手にただただ涙を流し続ける母親を横目に、私は一人思っていた。そう、私が殺したんだ。愛しい彼を。  東京で亡くなった彼の葬儀は地元で行われた。私も同じ出身地だがとても懐かしく感じたのは、二人で上京して四年余り、地元にはほぼ帰っていなかったからだ。見慣れた顔の友人達が次々と訪れては涙して帰って行く。「どうして……」という声を何度聞いたことか。今一番、私が聞きたいのに。  参列客の応対をしながら、ふと湿気で濡れた鯨幕が目に入り、妙な錯覚に囚われる。本当は夢なんじゃないかって。何もかも、無かったことにできないかなって。死の色が散りばめられたモノクロの世界から、私は抜け出したかったのかもしれない。  急に騒がしくなった式場内に、周囲を見渡すと、参列客の中に号泣している男の人がいた。周囲の人々は神妙な面持ちで静観している。 「っ…、どうしてだよ!なんで……!」  嗚咽(おえつ)を漏らしながらひたすらに涙を流すあの人は確か……高校時代の彼の友人だ。ねぇ、あんなに悲しい顔をしているのに、なんで逝ってしまったの?ただ、彼の顔を歪ませる元凶は……私なのかもしれないけど。 「なぁ、青子……。お前なら――双子のお前なら分かるよな?あいつが……死んだ理由。」 「……知らない。私も気持ちの整理がつかないのよ。」 「平然と答えんなよっ!自分の半身が死んだんだぞ……!なんでだよ……!どうしてこんなことに!」 「……」  慟哭(どうこく)するこの人の前で私は、あの日――あの最期の日の光景を思い出していた。彼の最期の場所となった交差点。そこは大学近くに借りたアパートの目と鼻の先。側にある電信柱の下には誰を供養しているのか、小さな白菊の花束が、飛び散った鮮血に染まっていた。  片翼じゃ生きていけないって、私は思い知ったの。
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