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「ねえ、春原さん」
「…………」
「春原小秋さんだよね?」
休み時間終了間際のこと、その特徴的なウィスパーボイスが自分自身に向けられているということに気づくまで数秒かかった。
連なる活字からいったん目を離し、恐る恐る小首を左方に捻る。するとそこにはクラス一、いや学年一の美少女と早くも噂の女子生徒が立っていた。入学初日の自己紹介で美術部に入ると宣言したクォーターの女の子。
そう、その人物こそが真夏ちゃんだったのだ。
腰の辺りまで伸びた栗色のロングヘアに、二重まぶたの大きな瞳。小さくてかわいらしい鼻に、透けるような白い肌に、すらりと伸びた手足。そんな精巧なフィギュアみたいな身体のパーツ一つ一つを、ボクは密かにうらやましいと思っていた。
でも真夏ちゃんほどの人気者が、ボクみたいなのっぺり顔の陰気臭いこけしカットにいったいなんの用があるというのだろう。その真意がまったくもってわからない。
目を白黒させているボクを気に留める様子もなく、真夏ちゃんは二の句を継いだ。
「それ、おもしろいの?」
それ、とはつまり、手元の文庫本のことなのだろう。ブックカバーも何もしていない、色褪せた文庫本。ミイラみたいに痩せ細った店主が、いつも暇そうにあくびを漏らしている古書店で購入した、定価百円ぽっきりの文庫本。作品のジャンルは、いわゆる児童文学。
極めて凡庸なストーリーではあるけれど、文体がわりと好みだったので、
「う、うん……おもしろいよ」
とボクは答えた。その声は、おそらく小刻みに震えていたと思う。
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