金平糖が溶けた

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「だいたい、スリッパで行くつもりか?」 「それは、百恵さんに長靴をお願いしていて」 「お前、いつも長靴履くと転ぶだろ」 「今日は大丈夫」 大きな溜息が、私の額に触れた。 「相変わらず、手のかかる女だな」 「わっ」 突然、肩を掴まれたと同時に、身体がふわりと宙に浮いた。 「5分で戻るからな」 「へ?」 私を抱えた伊槻は、そのまま玄関を抜けて庭に歩き出した。 その足が一歩進む度に、シャキシャキと音がする。 「すごーい!こんなに積もったのは初だよ!」 「去年も積もってただろ」 「でも、今年は初!ねえ、真ん中まで行こう!」 広い庭の中央を指さすと、伊槻は文句も言わず運んでくれる。 「寒くないか?」 「うん。ちっとも」 「なら良いけど」 「伊槻こそ寒くない?」 私がコートを着ているせいで、伊槻は随分と薄着だ。 「平気」 「そう?でも、東京から来たら寒いでしょ?」 「・・・まあ」 いつもは東京で暮らしている伊槻が、こうして私の暮らすこの家を訪れるのは珍しい。 「今日は、なんの用事?」 東京から幾つも山を越えた、長野の奥に建てられたこの家は、雪村家の別荘の一つだ。 そこで私は、百恵さんたち数人の世話係と一緒に暮らしている。 「雪が降ったから」 「え?」 所謂お姫様抱っこをしてくれている伊槻の腕が、私をまた抱き寄せた。 「花純に会いに来た」 この前会った時よりも、少しだけ髪が伸びた伊槻が、寂しそうに眉を下げて言う。 だから私は、「ありがとう」と笑って伝えた。 彼は私の、義理の兄だ。
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