金平糖が溶けた

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「学校は楽しい?」 屋敷に戻り、百恵さんの用意してくれた朝食を二人で食べた。 それから紅茶と金平糖を持って、私の部屋に移動した。 「たいしたことないよ。普通」 二人きりの広い部屋に、伊槻の澄んだ声が響く。 「そうなの?お友達は?」 「ああ、そういえば、イチに彼女が出来た」 「イチって、貴公子って呼ばれている子?」 「そうそう。よく覚えているな」 「だって、伊槻の学校での話聞くの、楽しいから」 山奥で暮らす養女の私と、雪村家の次男であり、家族と一緒に東京で暮らす伊槻とでは、同じ「雪村」でも暮らす世界が違う。 私にこの大きな家を与えたのは、養父である雪村平蔵だ。 生まれつき心臓と肺が弱い私の為に、両親は空気が綺麗なこの地に引っ越してきたらしい。雪村も、自分の息子たちを連れて何度か遊びに来たことがあると言っていた。 伊槻の事をなんとなく憶えているのは、その頃の記憶だろう。 生まれ育った環境で生活をした方が、記憶を取り戻すかもしれない。 雪村はそう考えて、両親と私の住んでいた村の近くにある、この別荘を私に与えた。 だから中学までは、近くにある小さな学校に通っていた。 それでも体調を崩すことが多い私は、授業を受けられない日も多く、高校からは自宅に居ながら通信教育を受けることにした。 本当は、伊槻のように普通の生活を送りたい。 でも、そんな贅沢は言えない。雪村家は充分に良くしてくれている。 何よりも、雪村の妻であり、伊槻の母親でもある養母に、私は良く思われていない。 私がこの家から出られない一番の理由はそれだ。 だけどそれは、口に出してはいけないこと。 「花純?」 「へ?」 「ぼーっとしてる。怠いなら、横になるか?」 私の顔を覗き込んだ伊槻に、慌てて首を振る。
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