4人が本棚に入れています
本棚に追加
その代わりとして、男が与えたものは……鼻骨の骨折と前歯の欠損、さらに顔面に残る打撲傷である。ある日、二人は些細なことから口論となり、手ひどく罵られた男は彼女の顔面が崩壊寸前になるまで殴りつけた。挙げ句、由美の前から姿を消す。
男は青島と名乗っていたが、後になって偽名であることが判明した。
由美の父親である尾形恵一は、銀星会でもキレ者として知られた幹部である。だが娘のせいで、組織内での彼の株は下がりっぱなしだ。弟分の井上や関根らも、その空気を敏感に察している。
「尾形の叔父貴にも、見切りつけた方がいいかも知れねえな」
水島の言葉に、関根が頷いた。だが、井上は浮かない顔だ。
「見切りをつけるだけじゃ、すまねえんだよ。このことが会長の耳に入れば、尾形の叔父貴だけじゃねえ……弟分の俺たちも、巻き添い食らうことになるぞ。下手すりゃ、小指一本飛ばすことになる。今のうちに、あのバカの身柄を押さえて叔父貴に差し出す。それが無難だ」
その言葉に、部屋の中にいたほとんどの者が顔をしかめた……ただひとりの男を除いて。
「だったら、自分に任せてもらえませんか?」
直後、部屋にいる者たちの視線は、声の主へと集中する。
そこにいたのは、明らかに場違いな雰囲気の男であった。中肉中背で髪型は七三分け、安物の眼鏡をかけたスーツ姿の青年が立っている。ヤクザというより、中小企業の若手社員といった方がしっくり来るだろう。
「おい桑原、てめえ何言ってんだ? 気でも狂ったか?」
言いながら睨みつけたのは関根だ。しかし、桑原と呼ばれた青年には、怯む気配がない。
「別に気は狂っちゃいません。自分なら、お嬢さんにナメた真似したガキをすぐに見つけられます」
「んだとゴラァ! ケツの青いガキが生意気言うな!」
怒鳴りながら、関根はソファーから立ち上がった。憤怒の形相で、桑原の襟首を掴む。だが、井上が割って入った。
「待て待て。桑原とか言ったな……お前、青島を見つけられる自信があるのか?」
最初のコメントを投稿しよう!