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桑原徳馬は今、とある山のペンションに来ていた。ここは、かつて桑原の知り合いが経営していたものである。もっとも、その知り合いは既に他界しているが。周囲には他に住居もなく、多少おかしなことをしても人目につく心配はない。
彼の目の前には、ひとりの若者が座っている。まるで作り物のような、整った顔立ちの青年だ。体型はすらりとしていて脂肪はなく、程よく筋肉の付いた体つきだ。
その青年は全裸で椅子に座り、だらしなく口を開けて眠っている。両腕と両足はロープで縛り上げられ、目を覚ましても動くことは出来ないだろう。
「こいつに間違いないですね?」
桑原の問いに対し、隣で立っていた者が頷いた。ジャージ姿で、顔に包帯を巻いている。そう、彼女こそが尾形由美だ。
「間違いない。で、どうすんの?」
「どうすんの、といいますと?」
聞き返す桑原に、由美は狂気にみちた笑みを浮かべる。
「初めは、殺すつもりだった。でもね、ただ殺すだけじゃ、つまらないじゃん。生かしておいて、一生苦しめる方がよくない? お願いだから死なせてください……って、言わせてみたいんだよね」
「なるほど。でしたら、いい方法があります……」
桑原の話を聞き終えた由美は、満面の笑みを浮かべる。
「ぷぷぷ……それ、いいよ。最高じゃん。あんた、いいセンスしてるね。オヤジの部下にしとくのもったいないよ」
愉快そうに笑いながら、由美は桑原の肩をばしばし叩く。彼女には、遠慮という概念が欠片ほどもないらしい。だが、桑原は平然としている。
「ところでさ、あんたに相談があるんだけど……」
そう言った後、由美は自身の腕を突き出した。さらに、注射を射つような仕草をして見せる。
「エスとポンプくんない? あんただったら、簡単に手に入るでしょう?」
顔に包帯が巻かれているため表情は見えないが、目に浮かぶ光は異様だ。息づかいも荒い。だが、桑原は表情ひとつ変えない。
「ええ、もちろん手に入ります。もっとも、ここにはありませんがね……ちょっと、来ていただけますか?」
「う、うん! 行くよ!」
二人は、地味な国産の乗用車に乗っている。ハンドルを握っているのは、もちろん桑原である。由美は隣の助手席で、一方的にベラベラと喋っている。
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