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男の子は「青(あお)」と名付けられた。
誰かが名付けたわけではない。気がつけばみんながそう呼んでいた。青が笑うたびに、周りの人は涙を流して祝福した。みんな青を見みると、ずっとこの子が生まれてくるのを待っていたような、なぜかそんな気がするのだった。
青は祖父の家に預けられた。青を生んだ女の父親にあたる人だ。優しい祖父のもとで青はどんどん大きく成長した。
青が5歳の頃。祖父と青がふたりで近くの海へ初めて釣りに出かけた時のことだった。
祖父は釣りがとても得意だったので、青に美味しい魚を食べさせようとたくさん釣り上げた。祖父は得意げに青を呼んだが返事がない。振り返って見ると、さっき釣った魚の入ったクーラーボックスを覗き込み、なにかぶつぶつと話をしている。
祖父は気になって、そちらへ耳をすませてみた。
それはうまく聞き取れなかったが、祖父が今まで聞いたことのない、全く知らない言葉だった。
帰り際祖父は青に尋ねた。
「さっきはお魚さんとなにを話していたんだい?」
青はしばらく黙っていたが、祖父の顔をチラリと見た後少しずつ答えた。
「お前の親も、そのまた親も、更にそのまた親もね。知ってるよと言ったんだ。天の川で。いつだって泳いでいるんだよって。けど僕は今人間だからお前を食べなきゃならないからね。許してねって。おじいさん。僕はこうして、生きるためになにか別の命を奪わなければいけないんだ。今までそんなこと気にかけたことがなかったんだよ」
しっかりとした口ぶりだった。祖父はギョッとした。
「青が嫌なら、無理に食べなくてもいいんだよ?好き嫌いがあったってそれは悪いことじゃあないんだからさ」
祖父はただ単に青がほんとうは魚があまり好きではないのかもしれないと思い、青の頭を撫でながらそう言ってやった。
「ううん、おじいさん。僕はこの魚を絶対に食べるんだ。何が何でも残さず食べるよ」
青は力強く言った。夕陽の光が青の薄い瞼を赤く照らしている。
「そうかい。わかったよ」
祖父は優しくうなづいた。
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