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エプロンの裾を直して両手を組み、じっと彼を見つめていた。と、自然と目が、彼が着ているジャケットの、例のポケットのあたりにいってしまう。
それは、確かに、一人の店側の人間として言うのならばーーもちろんこの男性の、店内でのああいった行動は、困ってしまうに決まっている。
綾が言うように、いつ他のお客様に迷惑がかかるかわからないからだ。
彼がどのような人物で、どのような仕事をしていてーーそんなことは、一切わからないがーーいかんせん、彼が常識がなさすぎるのは、まあ確かなことだろうとは思う。
綾が心配しているのは、要はそういうことだった。
私は鼻をすすって、また少し考え、迷ったあとでーー結局一歩、彼の方に歩み寄った。
「あの」
そう、小さく声をかけると、彼は顔を上げた。
「はい」
彼は答えると、また私に向かって、ニコリと笑いかける。すると途端に、彼に注意する気持ちがヘナヘナと萎えてしまった。
でも、声をかけてしまった以上、きっと何か言わねばならない。私はとっさに考えた。
「それは……」
「えっ?」
「あの、それは、どんなお仕事をされてるんですか?」
彼は不意を突かれたように、私を見た。
「今ですか?」
「ええ」
彼と目を合わせる。
「……いつも本当に、熱心にお仕事されているな、と思って」
すると彼も、黙って私を見つめ返していた。
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