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「でも……どうしようね。困ったな」
綾がそう、首を傾げて呟いた。何が? と聞いた、私のその質問には答えずに、ただ小さく咳払いをする。
私は何か、嫌な予感がした。
新たな女性二人組のお客が扉を開け、店の中に入ってきた。いらっしゃいませ、と綾は頭を切り替えるように言うと、レジに向かう。私は軽く口を開けたまま、綾のその後ろ姿を目で追っていた。
タイムカードを押して店を出ると、さっきまで真っ赤に夕焼けていた空は、いつしかビロードを敷き詰めたような、そんな濃い薄紫色に変わっていた。
日よけのあるテラスから裏の路地に入ると、そこで一緒に仕事をあがった綾が来るのを待つ。
その間、今日のあの男性の様子と、ジャケットのポケットから取り出した、一匹の小さな青蛙のことを、私は繰り返し思い返していた。
それは、美しいーーほんとうに、まるで、一個の貴重な宝石のようにみずみずしいーーそんな鮮やかな緑色をしていたのだ。
「ごめん、お待たせーー」
綾が店の方から小走りで駆け寄ってきた。カバンを肩に掛け直した彼女は、仕事から解放された後なのにらしくもなく、妙に真剣な顔をしている。
私たちは薄闇の中を、黙って並んで歩き出した。
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