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この時もそうだった。やってもやっても、目の前の洗い物が終わらないような、そんな気がしてくるのだ。頭の中では、色々なことがらや何やらが、次から次へと始終渦巻いて、まるでドーッと押し寄せてくるようだ。
私は大きくため息をつくと、きりのいいところで洗い物を終え、水道の水を止めた。タオルで手を拭って、店の中を見回す。
いわゆるアイドルタイムというやつでーー客の姿はまばらだった。店内には綾の勝手な趣味で大橋トリオの曲がうっすらと、BGMで流れている。
その綾はさっきから、店の中に姿が見えなかった。裏の倉庫に、何かものでも取りに行っているのかもしれなかった。
ふと視線を、カウンターの一番隅に向ける。と、そこでは昼過ぎごろから、いつものように例のあの男性が座って、一人熱心にパソコンに向かっていた。
「……」
彼は普段通り真剣な顔で、カタカタとマックのキーボードを叩き続けている。
しかしよくもまあ……毎度毎度判で押したように、そんなふうにできるものだ。
心からそう思う。いったいそうやって何をしているのか、私なんかにはまるで見当もつかないんだけど。つい意味もなく、感心してしまう。
彼の様子を、そんな風にしばらくの間ぼんやりと眺めていると、ふいに綾にやれ、と言われたことを思い出していた。
「……すみません」
そのとき突然、彼が顔を上げ、私に向かって声をかけた。意表を突かれた私はそれに気づくと、彼と目を合わせて、
「はい?」
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