彼女は

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「無責任ですね」 俺の声は思いの外、怒気を孕んでいた。彼女はゆっくりと缶ビールから視線を上げ、胡乱な目付きで俺を見た。すぐにその目は逸らされ、今度は机の模様を追う。 「あんたはいつもそうです」 彼女の口元が歪む。泣くのではなくやはり笑うのだ。この詰問自体が茶番であるがゆえに。 茶番には違いないが、それでも俺は怒っていて、そのことに傷つく。俺が彼女由来のものだという、何よりも明らかな感覚。責められる形式の通過儀礼によって、結局は、逃げることを自分に納得させたがっている彼女に利用されたのですらない、彼女に作られただけの人格だという再認識。 「自分にも、周りにも、自分が発したものにも責任を持たない。それでいて評価されたがる。自分で全てを損なっておいて、頑張ったんだから、辛いんだから、ぎゃあぎゃあわめいて愛されたがる」 俯いた彼女は俺を見ない。棒のように細い手脚、骨が浮いた身体は微動だにしない。こんな気味の悪い、こんな醜い存在が、俺自身なのだ。胸糞が悪い。 「あんたが生んだんですよ。生まれてきたくなかったのは、あんたの気分一つで宙ぶらりんのまま消える俺の方です。あんたが書くのをやめたら、俺はもうあの人を思えない」 彼女は今度こそ、声を上げて笑った。耳障りな声だった。 終わりが見えてるくせに鬱陶しい奴だな。『あの人』はあんたのそういうところが嫌いだったんじゃないの。それに、書いてるってことはこういうのを考えてるんだ、求めてるんだって思うのも、思われるのも嫌だから、私はあんたとあの人の両方が嫌いだよ。嫌いなもの書くのってしんどいよ。 「あんたの、好きとか嫌いとかなんてまるで関係ない。甘いんですよ。俺は俺です。あんたがどう思おうが俺を作った責任は取れって話をしてるんです。 ──それを俺に言わせるために俺を出したんだろうが」
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