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どこからか聞こえる小気味の良い音で目を覚ました。カーテンを開くと気持ちの良い光が寝室いっぱいに差し込む。
洗面を済まし、ダイニングルームに入ると先程から聞こえていたリズミカルな音の正体が分かった。妻の梨花が包丁を使っている音だ。
「おはよう」朝の挨拶をかけあい、ダイニングテーブルに置かれた朝刊を拾い上げ、リビングのソファーに座り新聞を広げた。ざっと記事に目を通していると、ふと窓の外が気になった。
窓から見える門扉の影に知った顔が覗いた。「あっ!」思わず声を出してしまってから、しまったと気付く。
「なによ急に、どうしたの?」梨花はフライパンに手をやりながら振り向いた。
俺は新聞に目を落とし、
「いや、何でもない──腰が少し痛んだだけだ」
「いやだ、まだ痛いの?」焼けるウインナーに顔を戻し梨花は背中で話す。
「いや、もうほとんど大丈夫だよ、ただたまに少し痛むだけ」
腰が痛いのは本当のことだ。先週の土曜日のこと。妻の梨花が急に家庭菜園を始めたいなどと言い出した。庭の土を耕して欲しいと頼まれ、安請け合いしたのはいいが、ずっと使っていない土だから、なるべく深く掘ってと注文をつけられ、結局、丸1日かかった。おまけに腰を痛め、ようやく痛みもひいてきたところだった。
そんなことより、今のは確かに早苗だった。久しぶりに見た顔だが間違えるはずがない、ただ少し気になったのは何故か顔が酷く青白かった。
どういうつもりだあの女、家にまで押し掛けてきて──。
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