青い顔

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早苗とは三年前から愛人関係だった。 発注ミスやらなにやらと早苗の失態が続いた時期があり、何か悩みでもあるのかと飲みに誘った。勿論その時は上司として話を聞こうと思っただけで、やましい気持ちなどこれっぽっちもなかった。──なかったのだがその日、酔った勢いで男と女の関係になってしまった。 早苗は可愛らしい顔をしているのだが、根が暗く人付き合いも下手で、友人という友人もいなかった。俺が会いたいと思った時にいつでも会える。俺にとって都合の良い女だった。 そんな関係をずるずると三年も続けていたある日、早苗が面倒くさいことを言い出した。 「奥さんと別れて一緒になって欲しい」 俺にとって早苗とは遊びで、彼女もそれを理解していると思っていた。勿論早苗に彼氏でも出来ればすっぱりと関係を断つつもりでいたし、この関係を終わりにしたいと言えばいつでも身を引くつもりでいた。 「奥さんとの子供もいないのだから、別れるのなんて簡単でしょ」 いつものホテルで髪をとかしながら早苗が言った。俺はその言葉で頭に血がのぼった。 早苗との関係はあったが、俺は妻を思っていたし、子供だって何度も作る努力をしていた。それでも子宝に恵まれないことに、妻は悩み、苦しんでいた。 今まで一回だって妻の話などしたことがない早苗がそんなことを言い出したことで、俺達夫婦の領域に土足で足を踏み入れられたような気になり気分が悪くなった。 俺はその場で早苗に、もうふたりで会うことはやめようと告げ、さっさと服を着た。ドアを開け部屋を出ていこうとする俺の背後で早苗が何か叫ぶように喋っていたが、その声は俺の耳には入ってはこなかった。 それからは、着信拒否。職場で顔を合わせても必要以上のことは何も話さないという姿勢をとり、7月の人事移動で俺の部署も代わり、早苗とは顔を合わすこともほとんどなくなった。新しい部署の仕事に慣れ始めたころ、早苗が会社を辞めたと風のうわさで聞いた。これで完全に俺と早苗の縁は切れたのだと俺はひとり納得していた。──それなのに。
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