心の奥。

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廊下 悠と別れた後、タクミはメグミを呼びに行こうと休憩所へ向かっていた。 先程病室へ行く前、通りかかったので場所は憶えている。 そこへ着くなり立ち止まって見渡すと、彼女は背を向けたままソファーに座り、分厚い本を読んでいた。 「メグミ」 驚かせないよう小声で名を呼び、自分も休憩所に足を踏み入れる。 同時にメグミもその場に立ち上がり、両腕で本を抱え込んだ。 「お疲れ様です。 お話は終わりましたか?」 「うん。 二人の時間を作ってくれて、ありがとうね。 メグミにも、長い間待たせちゃったね」 「いえ、私は」 そこで一度、彼女の手元へ視線を移す。 「随分、分厚い本だね。 勉強でもしていたの?」 「はい。 人間の身体の仕組みについて、学ぼうと」 「はは、勉強熱心だな」 難しいことを勉強していることに驚き苦笑を返すと、身体の向きを廊下側へ向けた。 「それじゃあ僕は、この後もやることがあるからそろそろ戻るよ」 「なら、病院の入り口までお送りしますね」 「いや、メグミは悠くんのもとへ行ってあげて」 「でも」 ここで素直に困ったような表情を後輩に見せられては、タクミは何も言えなくなる。 咄嗟に理由を考え、仕方なく彼女に甘えることにした。 「あー、うん。 ・・・悠くんにも、少しは一人になる時間が必要かな。 じゃあメグミに、お見送りしてもらうよ」 そう言うと、優しい表情になって頷いてくれた。 二人揃ってこの場を後にし、入口へ向かって歩いていく。 「そう言えば、悠くんは落ち着いていていい子だね」 「そうですね」 「お世話していて、手間とかかからないんじゃない?」 「確かにかかりません。 悠くん、小学生の割には結構大人びていますから」 「はは、メグミがそれを言う?」 「え?」 キョトンとした顔で返されると、彼女のことをからかうような目で見ながら言葉を紡いだ。 「メグミは僕よりも年下で、一応高校生の年齢だろう? 高校生にしてはませ過ぎだよ」 「そうは言っても、私とタクミ先輩はそんなに歳変わらないじゃないですか。 先輩だって、19歳なんでしょう?」 「そうだけど、僕が年上なのはどうしようもない事実だね」 そう言うと、メグミは少し拗ねたような態度を見せる。 「先輩の方が年上なのに、楽観的過ぎるんです」 「メグミもそうならないの?」 「なりません。 というか、なれません!」 「そんな拗ねないで」 「拗ねてません! そもそも、私が好きでこの性格にしようと思ったわけではありません」 「確かにそうだけど、そんなにツンツンしないでよ。 人間ならまだしも、ロボットがそのような感情持っても意味ないよ?」 「分かっています!」 そのようなことを話していると、あっという間に入り口に着いてしまった。 ここで改めて、もう一度礼を言う。 「じゃあ、今日はありがとう。 メグミも頑張ってね」 「はい。 タクミ先輩も、お気を付けて」 挨拶を終えると、背を向けて自分の仕事場へと足を運んだ。 そろそろ仕事のことを考えないといけないのだが、今はまだ悠のことで頭がいっぱいである。 ―――悠くん、かぁ・・・。 ―――悠くんはリーナのこと、どう思っているんだろう。 タクミは悠と二人きりになった時に言われた言葉に、引っかかっていた。 『タクミお兄さんとリーナお姉さんは、どういう関係なの?』 『どういう関係?』 『うん。 ・・・その、恋人関係・・・とか』 経験上、あの発言は気になる異性がいる場合にしてくるものだ。 だから今回、それに当てはめると“悠はリーナのことが気になっている”ということになる。 これがただの思い過ごしならいいが、もし本当だとしたら嫌な予感しかしなかった。 ―――んー、もし悠くんがリーナに恋心を抱いていたら、どうしようか。 ―――とにかく、何か起きる前に止めた方がいいよね。 ―――今は恋心抱いていなくても、もしリーナが悠くんを担当する仕事に復帰したら・・・。 ―――どうなるのか分からない。 そこでふと、空を見上げた。 今日は晴天で、綺麗な青空が一面に広がっている。  だがそんな清々しい光景を目にしてもタクミの心はスッキリせず、ロボットのため眩しくもないのに目を細めて太陽を見た。 ―――・・・人間とロボットの恋なんて、切ない物語にしかならないんだからさ。
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