人を愛してはいけない理由。

2/3
29人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ
博士の部屋の前までやってきた二人は、タクミがリードしノックをした。 ―コンコン。 「失礼します」 開いたドアに躊躇いもなくタクミが入っていくと、彼に続くようリーナも小走りで追いかける。 博士は今日も、机に向かい忙しそうに手を動かしていた。 だが手を休めぬまま鏡へ視線を移し今入ってきた者を確認すると、再び作業に戻りながら静かに口を開く。 「・・・タクミにリーナか。 珍しい組み合わせだな」 博士は今休む時間などないと分かっているため、タクミは早急に用を済ませようとした。 「博士。 一つ、聞きたいことがあります」 「何だね」 「どうして僕たちロボットには“恋愛感情”というものが、ないのですか?」 「・・・」 “恋愛感情”という単語を聞き一瞬手のスピードを遅めるが、それでも作業しながら言葉を返していく。 「その感情、どこで知ったんだ?」 「僕は今まで、たくさんの人間と関わってきました。 だから、そういう言葉が耳に入ってくるのは当然です」 そのタクミの言葉を聞き、リーナは少し息が苦しくなった。 彼は今、記憶が消される覚悟で物を口にしているのではないか、と。 そんな彼を止めようとするが、二人の会話は流れるように続いていく。 「・・・そうか。 じゃあ、どうしてそのようなことを聞く」 「恋愛感情。 つまり、人を好きになるということ。 僕たちは人を好きになるという感情がよく分からないので、上手く伝えることができないかもしれませんが・・・。  今まで僕が担当してきた人間たちは、何人か人を好きになっていました。 人に恋愛感情を持つことで、その子には変化が起こります」 「例えば?」 「例えば、好きな人ができて笑顔が増えたり。 毎日を頑張って過ごすようになったり。 色々なものにチャレンジし、積極的になったり。 いいことだらけではありませんか」 「それがどうしたと言うんだ」 「だからその恋愛感情というものを、僕たちロボットにも取り入れるべきだと思います」 タクミがその言葉を言い終えた瞬間、博士の手は止まった。 だが動きが停止しただけで、何も返してはこない。  そんな博士を見て“心を動かせるのはもう少しだ”と思ったのか、タクミは休むことなく更に言葉を放し続ける。 「人を好きになったら、毎日幸せに過ごすことができ、充実した日々を送ることができるではないですか。 それなのにどうして、僕たちにはそのような感情がないのですか?  もし僕たちにも恋愛感情というものがあったら、仕事の効率もかなり上がると思います。 博士だって、僕たちの仕事の腕が上がるのはお望みでしょう?」 その発言を聞くと、博士はゆっくりとその場に立ち上がった。 そして身体の向きを変え、なおもゆっくりと歩きリーナとタクミの前まで進む。 「・・・確かに、タクミの言う通りだな」 「ッ、なら!」 「でも人を好きになることによって、いいことも起きるが当然悪いこともある。 副作用のようにな」 「副作用・・・? 例えば、どんなものですか?」 首を傾げるタクミに対し、博士は悠々と語り出した。 「人を好きになることによって、様々な悪い感情が生まれるんだ。 例えば、好きな人が他の人と関わったりするだけで生まれる、嫉妬や恨み。  いつか自分から離れてしまうのではないかという、不安。 または相手が好き過ぎて生まれてしまう、依存からの苦しみ。  そして好きな人が他の者に取られてしまった時に湧き起る、裏切りからの絶望。   ・・・最後に、リーナにも前に話したように、いざその人が自分の元から離れてしまった時に起こる・・・悲しみ」 「悲しみ・・・」 聞き覚えのある単語にリーナはもう一度口にするが、実際今博士が言った言葉は全て、理解ができていなかった。  聞き慣れない単語を綴られ困惑するが、最後に言った“悲しみ”というワードが出てきたため、それらは全て悪いものだということは察せられる。 だけどそれらのちゃんとした意味は、リーナには分からなかった。 タクミは、全て理解できたのだろうか。 「まぁ、今言ったものはリーナには分からないものだと思うがね。 どれもよくない言葉だ、深く考える必要はない」 難しそうな表情を浮かべているリーナを見て悟ったのか、そう付け足してきた博士。 そんな博士に、タクミは静かに問う。 「・・・そうなんですね。 人を好きになるのはいいことだけど、それなりの副作用も起こる・・・」 「そういうことだ。 だから、そんな感情をお前たちには持たせたくないから、恋愛感情というものを作らないだけ。 これは私なりの気遣いだ」 「分かりました。 ・・・なら、もし自分が担当している子が人を好きになってしまった場合、止めるように言ってあげた方がいいんですか?」 「どうしてだね?」 「だって、悲しませたくないから」 「んー・・・。 それはきっと、無理だろうね。 人間にとって人を好きになるという感情は、自然と生まれてしまうものなんだ。   『あの人を好きになるな』と言っても、人間の心は素直に言うことを聞いてはくれない。 だからその場合、静かに見守ることが大切さ」 「・・・自ら、悲しみを拾うようなものなんですね。 人間って」 「そうだ。 人間ってものは繊細だろう? もし人を好きになって悲しんでしまった時、その時こそが我々ロボットたちの出番だ。 悲しんでしまった子を、何とかして笑顔にさせる。  一度悲しみを味わった子に機嫌をよくさせることは難しいが、試行錯誤しながら笑顔にさせていくんだよ。 すぐには上手くいかない。 たくさん失敗し、経験を積んでいけ。   そう考えると、人が悲しんだ時は我々にとって成長のチャンスかもしれない」 「・・・そうですね。 分かりました」 ―――・・・。 ―――ハルくんは今、自ら悲しみの中へと入り込んでしまったのね。 リーナにとっては知らない言葉が多過ぎて、彼らの会話があまり理解できなかったのだが、後半に話していた内容については納得することができた。 どうやらタクミも反論はしていないため、博士の言葉に頷いてしまったのだろう。 いい面もあるが悪いことも起きる、恋愛感情。 その感情を、我々ロボットたちに持たせて嫌な思いをさせたくないから、取り入れなかったという博士なりの気遣い。  それは納得し、リーナも特には恋愛感情なんて必要ないと、思うことができたのだが―――― ―――・・・でも本当に、人を好きになったら悲しいことなんて起きるのかな。 ―――今のハルくんを見ている限り、そんなものなんて想像できない。 リーナは博士の前半の言葉には、少し疑っていた。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!