人を愛してはいけない理由。

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ロビー 博士の部屋から出た二人は、そのまま自分の部屋へは行かず休める場所であるロビーまで足を運んだ。 隣同士でソファーに腰をかけながら、しばらくは沈黙を守る。 そして数分後、少し俯き加減でいるリーナにタクミはそっと口を開き、言葉を発した。 「・・・だってさ。 どう? リーナ。 博士からの、理由を聞いて」 その発言に小さく頷くと、か細い声で返事をする。 「・・・はい。 博士から教えてもらったことは、納得しました」 「だよね。 僕も“なるほど!”って思っちゃった」 「・・・」 ここで必要以上に口を開かないリーナを見て何かを思ったのか、タクミは一人の少年の名を静かに口にした。 「だからリーナが、人を好きになってしまった悠くんをちゃんと元気付けて、笑顔にさせるんだよ?」 「はい、分かっています。 でも・・・」 「でも?」 「・・・私、ハルくんが悲しむ姿、見たくありません」 「じゃあ、悠くんに『人を好きになっては駄目だよ』って、忠告するのかい?」 「・・・それを言っても、意味ないんでしょう?」 そう尋ねるも、タクミはその問いには何も答えぬまま違うことを聞き返してくる。 「例えばの話だ。 もし僕がリーナに『これからは、悠くんとは会っては駄目』と言ったら、リーナは素直に頷ける?」 「それ、は・・・。 ・・・困ります」 「でしょ? それと『人を好きになっては駄目』って言われる気持ちは、似ているものだと思うよ」 「・・・」 それでも、無言を貫き通すリーナ。 そんな姿を見て危機感を憶えたのか、タクミは咄嗟に立ち上がりリーナの目の前へと移動した。  そしてその場に跪き、同じ目線に合わせたところでリーナの肩に両手を置く。 「リーナ! 深く考えては駄目だ!」 「ッ・・・。 タクミ、さん・・・」 「今、そんなことを考えてどうする。 悠くんが現に今、好きな人がいて悲しんでいたりするのかい? だったらいいだろう、そのまま考えることを続けても。   だけど今、悠くんは笑顔で楽しく、毎日元気に過ごしているんだろう? なのにまだ起きてもいないことで悩んで、どうするんだ」 「・・・」 「博士が最後に言っていたものは、必ずしも起きるというわけではない。 もし悠くんがこの先、人を好きになって悲しむことがなかったら?   そうしたら、今リーナが一生懸命に考えているこの時間が全て無駄になる。 もしそのような悪いことが起きたとしたら、その時になってから考えればいい。  悠くんとリーナが一緒に過ごせる時間は、限られているんだ。 こんなことで、リーナには時間を無駄にしてほしくない」 言い終えると、タクミは両手を自分の膝の上まで持ってきた。 そしてなおも真剣な表情のまま、自分の経験を語っていく。 「いいかい? リーナ。 これは僕が、今まで人間を見てきて分かったことだ。 人は自分を映す鏡。 そう、憶えていてほしい」 「人は鏡?」 その単語をゆっくり繰り返すと、タクミはおもむろに大きく頷いた。 「あぁ。 人は鏡で、自分を映していると考えればいい。 意味はそのままで、自分が笑ったら相手も笑う。 自分が悲しんだら、相手も悲しむ。   そして自分が怒ったら、相手も怒る。 そう思うと、簡単だろう? もし悠くんにずっと笑顔でいてもらいたかったら、リーナもずっと笑っていればいい。   そうすることで、悠くんから笑顔が消えることはない」 その言葉に、リーナは少しだが心が動かされた。 人の感情は、そんな簡単に動かせるものなのだろうか。 「・・・はい。 タクミさん、ありがとうございます」 こんなにも自分のことを考えてくれて、今のリーナに合う言葉を厳選し、丁寧に教えてくれたタクミ。 そんな些細なことでさえも、感動を憶えてしまう。  まだリーナの心は、死んでなんかいないのだ。 笑顔で彼に礼を言うと、そのまま二人は別れそれぞれ自分の部屋へと戻った。 リーナの部屋 薄暗い部屋の中、今日も電気をつけずに静かに椅子に座る。 そして今日の出来事を、いつも通りノートに書き始めた。  悠のことを優先的に綴っているのだが、先程博士やタクミに言われ教わったことも、忘れないようメモしておく。 そしてキリのいいところで、ふと顔を上げ時計を見た。 時刻は23時過ぎ。 普段なら、日付が変わってから休むことが多かった。 それまでの空いた時間は、趣味などをして過ごしている。 ―――・・・私が、しっかりしなくちゃな。 ―――私が色々考え過ぎて難しそうな表情をしていると、ハルくんも警戒して心配かけてしまうかもしれない。 ―――そうはならないために、明日からより頑張らないと。 そしてリーナは、今書いていたノートを机の引き出しの中へしまった。 ―――少し早いけど、今日はもう休もう。 ―――明日、元気よくハルくんの目の前に出れるように。 タクミから教わったことを思い出しながら何度も繰り返し、イメージをする。 自分が笑顔でいれば、相手も笑ってくれる。 それだけでいいのだ。  リーナは気持ちを切り替えるよう、自分に喝を入れてから今日一日を無事に終えた。
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