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一人のナースに付いていくと、彼女は遊び場から見えない角へと移動しその場に止まった。  まだ遊んでいる子供たちの声が大きく聞こえるため、緊張感などは張り詰めていなく寧ろリラックスした状態である。  ナースは神妙な面持ちをしているのにもかかわらず、この場には合わない楽しい声が届いてくるため、何とも言えない絶妙な空間がここには生まれていた。 「・・・あの、どうかしましたか?」 なかなか用件を言おうとしない彼女に、リーナはそっと尋ねかける。 すると一呼吸を置いた後、ナースは小さな声でリーナに聞き返してきた。 「・・・リーナさんは、舞ちゃんの病気のこと、どこまで知っていますか?」 「あ、えっと・・・。 本人から直接は聞いていませんが、舞ちゃんは足が悪い・・・っていうことは、ハルくんから教えてもらいました」 控えめになりながらそう答えると、ナースは小さく頷く。 「えぇ、そうね。 舞ちゃんは生まれた時から足が弱いわ。 そして今回入院した理由も、最初は足の調子が悪化したからなの」 「最初は・・・?」 「・・・舞ちゃんね、去年、もう一つ大きな病気が見つかったのよ」 何も返事をすることができず、素直にナースのことを見つめていると彼女は“悲しそうな顔”をしながら、そっと言葉を紡ぎ出した。 「・・・それはね、心臓の病気なの」 「しん、ぞう・・・」 そして意を決したのか、言い出したこの流れでナースは重要なことをリーナに伝えていく。 「でも残念ながら、今の医療では舞ちゃんの心臓の病気を、治すことができないのよ。 今彼女が抱えているのは、とても難しいものでね」 「・・・それって、つまり・・・」 「・・・舞ちゃん、余命一ヶ月なの」 「ッ・・・!」 余命一ヶ月。 “余命”というワードは、悪い言葉ではあるがリーナは知っていた。 残りの命。 つまり、それから以後、死ぬまでの年月、期間。 そして“死”という単語も、リーナは知っている。 これは最低限分かっていた方がいいだろうと思ったのか、博士が予めロボットたちに植え付けていた知識だった。 死とは、命がなくなること。 つまり、生命が存在しない状態。 あまりパッとしない事柄だが、舞という存在――――いや、舞という少女が、生きられなくなるということだ。 笑ったり喋ったり、動くことさえもできなくなってしまう。  「え、っと・・・」 リーナは返す言葉が見つからず、そして視点も定まらぬまま、必死に頭を動かし物事を整理しようとする。 だが困惑しているリーナを見て思ったのか、ナースは言葉を続けてきた。 「急にこんなことを話しちゃってごめんね。 舞ちゃんはもちろん、余命のことは知っているから。 それに最近、悠くんは舞ちゃんと仲がいいでしょう?   だから、舞ちゃんに聞いたのよ。 『余命のこと、悠くんは知っているの?』って。 そしたら『言ってない』って、言うもんだから・・・」 そして気まずくなったのかリーナから視線をそらしかしこまりながら、優しい口調で更に言葉を綴り出す。 「それで『言わなくてもいいの?』って聞いたら『自分からは言いたくない。 伝えるなら、お姉さんから言って』と、言われてしまって。   でも、伝えても伝えなくても、どちらでもいいみたいなの。 それは、私の自由にしていいからとも言われて。 ・・・だから、このことを悠くんに伝えようか、凄く迷ったわ。  だって絶対、悠くんこのことを知ったら酷く悲しむでしょう? そう考えると、言えなかった。 ・・・だけどもう、悩んでいる間に余命一ヶ月になってしまって。  このまま伝えないで後悔するくらいなら、悠くんではなくせめてリーナさんには伝えようと決心したのよ。 ・・・それで今、このことをリーナさんに教えたの」 「・・・」 「・・・本当に、急で申し訳ないと思ってる」 「いえ・・・」 伝えられたことは、別にどうでもよかった。 だけど引っかかっているのは、一つだけ。 そのモヤモヤを取り払おうと、直接ナースに尋ねてみた。 「・・・あの、このことはハルくんに伝えた方がいいですか?」 「それはどちらでもいいわよ。 リーナさんの自由、というか・・・。 リーナさんに任せるわ。 悠くんのことは、リーナさんが一番分かっているでしょう?」 「・・・」 その言葉に何も返すことができずにいると、彼女は謝りの言葉を入れてくる。 「リーナさんには、大変な役目かもしれないけど。 ・・・本当に、ごめんなさいね」 「いえ・・・。 今一番大変なのは、舞ちゃんでしょうから・・・」 そう言われるも、彼女も今まで悩み続けていたのだ。 本当にこのことを打ち明けた方がいいのだろうか、と。 それも、悠のことを思って。  そう考えると、ナースに対して何も悪い感情なんて生まれてこなく、寧ろ感謝の気持ちが湧き起る程だった。  数分後――――ナースは『この後仕事があるから』と言って、小さく会釈をしてこの場から離れていった。  その行為に流れるよう、リーナも悠のもとへ戻ろうとするが何故か進む足が止まってしまう。 まずは戻る前に、今の状況やこれからのことを整理しなければならなかった。  まともにいい言葉を返せないまま彼女とは別れてしまったが、今はそのことを気にしている場合ではないと思い悠のことを考える。  時間は限られていた。 舞の余命のことを、悠に伝えた方がいいのだろうか。 もし伝えたとしたら、やはりナースの言った通り彼は酷く悲しんでしまうだろう。  リーナは、悠が悲しんでいるところなんて見たくなかった。 だけどその逆に、伝えなかったらどうだろうか。  舞の死のことを秘密にしていたとしても、いつかはきっとバレる日がくる。  そしてその時『どうして早く言ってくれなかったんだ!』などという怒りの声と共に、彼は舞の死を悲しむだろう。  そう考えると、結果――――どちらを選んでも、悠を悲しませてしまうことになる。 ―――だとしたら、私・・・どうしたら・・・。 結局悲しむくらいなら、今はまだ楽しい思いを彼にさせておいた方がいいのではないか。 このことはまだ伝えないで、死の直前になったら言えばいいのではないか。 そうすることで、悠の笑顔はまだ最低一ヶ月弱は保たれることになる。 だけど――――本当にそれが、一番いい答えなのだろうか。 ―――ハルくんが酷く悲しむのは、言った場合と言わなかった場合・・・どちらなんだろう。 だが考えれば考える程よく分からなくなり、今は一度今後のことを見つめるのは止めにする。 時間も時間のため、いったん悠のもとへ戻ろうと重たい足を前へ運び出した。
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