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屋上
目的である場所まで来た二人は、リーナが率先して屋上へと繋がる扉を開いた。 その瞬間、冷たい風が一気に二人の身体を突き抜ける。
天気はいいものの、肌寒く感じる気候にリーナは踵を返そうとした。
「ちょっと、寒いね。 私、病室へ戻ってハルくんの上着取ってくるね」
「いいよ、行かなくて」
「え? ・・・でも」
このままだと悠は風邪を引くのではないかと心配なため、その発言に対して素直に従おうかと迷っていると、悠はこちらを見ず身体を正面へ向けたまま小さく呟いた。
「・・・お姉さんには、僕の隣にいてほしい」
その言葉に、リーナは思わず返事を詰まらせる。 嬉しいはずの発言だが、現在の彼の背中からは少しだけ負のオーラが感じられた。
きっと感情的になっている今の悠にとって、この冷たい風は身体の熱を冷ますのに丁度いいのだろう。 それにこんな状態である彼を、一人にしてはおけない。
それらのことから、リーナは先程の言葉に少し時間を空けながらも、ゆっくりと小さく頷いた。
すると悠は数分屋上の入り口で立ち止まった後、やっと足を前へ進め日の当たりのいいところまで出る。
だけど太陽の明るさが今は嫌なのか、陰になっているベンチを探しそこにそっと腰を下ろした。 彼は端に座っているため、自然とリーナも隣に腰をかける。
そして外の街をぼんやりと見つめている悠に、あまり刺激を与えないよう静かに問いかけた。
「ハルくん。 ・・・舞ちゃんと、何があったの?」
「・・・」
すぐには、答えてくれなかった。 だが話すのにも人によってスピードがあると思い、彼から口を開いてくれるのを待つ。
そして数分後、悠は街を見下ろしながら小さな声で呟いた。
「・・・前、お姉さんが僕に言ってくれたじゃん。 舞ちゃんも僕と同じで、今を頑張って生きているって」
「うん、そうだね」
それを言ったことについては憶えていた。 なので躊躇うことなく肯定すると、悠は気まずそうに視線をそらしある言葉を吐き出してくる。
「だから・・・僕、誘ってみたんだ。 一緒に、身体を動かすリハビリをしようって」
「・・・え?」
思わずその発言に反応し彼の方へ目をやるも、悠は構わずに言葉を続けた。
「一番最初に誘った時、断られたんだ。 でも、その時はしょうがないかなって思った。 その日の、自分の体調や気分の問題とかもあるだろうし。
それでも僕はめげずに、何日か誘ってみたんだ。 ・・・だけど、全て断られた。 今までは我慢して許していたけど、ついに限界がきて・・・怒っちゃった」
これは、リーナだけが知っている。 舞がどうしてその誘いを断るのかという、本当の意味を。
舞は既に残りの命が限られているため、今更リハビリをしても意味がないのだと彼女自身も理解しているのだろう。 また、心臓に負担をかけないよう運動を控えているのだろう。
だからリーナだけは、彼らの裏の心情を知っていた。
だけど悠の発言に対しどんな返しをしたらいいのか分からず躊躇っていると、彼は続けて自分の今の思いを口にしていく。
「何か僕・・・馬鹿みたいじゃん。 今まで舞ちゃんのために必死に努力をして、勉強やリハビリを頑張ってここまできた。 なのに、舞ちゃんは・・・頑張ろうともしないんだよ。
どうして誘いを断るのか理由を聞いても、言ってはくれなかった。
だから、自分は足が弱いっていうことを理由にして・・・努力するのを避けているんだろうと、思っちゃったんだ」
そして自分の両手に拳を作り、強く握り締めた。
「僕だけが頑張っていたなんて、そんなのは悲し過ぎる。 舞ちゃんと一緒に退院するために、努力し続けていたのに。 なのに・・・今まで僕が頑張ってきた意味、なかった・・・」
「・・・ハルくん・・・」
悠はそこまで言い終えると、両手の力をすっと抜いて今度は自分の頭をリーナの肩に優しく預けた。
そして今まではしっかりと自分を持ち心が自立していた彼だったが、この瞬間初めてリーナに甘えを見せる。
「おねーさん・・・。 僕もう、疲れたよ・・・。 ・・・もう、頑張りたくない・・・」
力のない声でそう言うと、悠はそのまま静かに眠ってしまった。 怒りや悲しみ、色々な感情が混ざり合い本当に疲れてしまったのだろう。
そんな彼を無理に起こすことなく、リーナは自分の肩を貸したまま心の中で問い続ける。
―――これは・・・私のせいなの?
そして更に、深く深く問いかける。
―――もし舞ちゃんの事情を話したら、ハルくんは元気が出る?
―――笑顔になる?
―――また、生きることを頑張ってくれる?
―――それとも・・・怒る?
―――・・・どうしたら、いいんだろう・・・。
―――やっぱり、簡単になんて考えられないよ。
博士のことを思い出しながらも、やはりいい解決策は思い浮かばなかった。
この後は結局、悠が目覚めた時に病室へ戻った。 だけど彼はなかなか口を開いてはくれず、静かに過ごしたまま今日一日を終えた。
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