すれ違い。

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翌日 朝 病室 次の日。 この日から、悠には変化が起きた。 まずはリーナが朝病室へ向かうと、既に彼は起きていたのだ。 どうやら眠れず、そのまま起きていたらしい。 だけど今日は読書などしておらず、ぼんやりと窓から見える外の景色をずっと眺めていた。 リーナはそんな悠を見ても何も言わず、極力感情的にさせないよう静かにしている。 そして朝食の時も、悠からは元気さが感じられなかった。 「ハルくん、もう食べないの?」 「・・・食べたくない」 「でも、まだ半分も食べてな」 「食欲がないんだ」 リーナの発言を遮り、悠は机の上に置いてあるお盆を軽く奥へ押し下げるよう促すと、そのままベッドの中に潜り込んでしまう。 「あら? ハルちゃん今日、全然食べてなくない? 昨日の夜も残していたし」 それから数十分経つと、お盆を取りにナースが病室へ入ってきた。 悠の変化に気付くも、彼女には心配をかけないようリーナが上手くフォローを入れる。 「ハルくん、あまりお腹空いていないみたいで」 「そう? 何かあったんじゃないの?」 優しく微笑みながらその言葉に対して首を横に振ると、ナースは少し考え込むような表情を見せるがそのまま病室から出て行ってしまった。 そして今度は勉強。 「ハルくん、勉強しようか」 「・・・うん」 「じゃあ今日は、国語の漢字からね」 「・・・分かった」 悠に違和感を感じるも、何とかスケジュール通りには動いてくれていた。 彼は勉強を始めるため、国語のセットを取り出そうとするがうっかり違う教科のものを出してしまう。 「・・・うん? ハルくん、今は計算をしたい気分なの?」 「・・・あ。 ・・・ううん、勉強する教科は、何でもいいよ」 優しくそう尋ねると、悠は違う教科を出していたことに本当に気付いていなかったのか、少しだけ慌てて算数のセットを戻し国語の教科書などを取り出し始めた。 そして何とか漢字の勉強を始めるも、彼は集中できずぼんやりとする時間が多い。 真似して書くだけなのだが、リーナが目をそらすと手の動きが止まっていた。 普段なら悠は勉強に対する意欲が強く、リーナが予習していたところよりも先まで進んでしまうことの方が多いのだが、今日だけは全然内容が進まなかった。 そして今度は、身体を動かすリハビリの時。 「ハルくん、身体動かそうか」 「・・・うん」 悠は無理矢理重たい身体を起こし、ベッドから降りた。 だが彼の望み通り、今日はリハビリ場へは移動せずここでやることに。 悠の歩くスピードはかなり落ちていた。  また、最近は気温も上がり汗も出始める頃なのだが、今日は汗など何一つかいていなかった。 だが、彼は今とても苦しそうなのが伝わってくる。  普段よりも身体を動かすスピードははるかに遅いのだが、何故だか凄く呼吸が乱れていた。 「ハルくん、大丈夫? 今日はもう休もうか」 「・・・うん」 きっと悠は今、心のせいで身体が疲れやすくなっているのだろう。 これ以上無理はさせないように、今日のリハビリは早めに切り上げることにした。 そして――――普段なら舞と遊んでいる時間帯、2時になった。 いつもなら悠が率先して病室から出て行くのだが、それが今日彼には起こらない。 だがこれはいつも通りの日課だとして、あまり言いたくはないが一応は尋ねてみることにした。 「今日は、ここにいるの?」 「・・・遊ぶ気分じゃない」 「・・・そっか。 無理して行かなくてもいいよ」 そう言うと、悠は再びベッドの中に潜り込んでしまった。 だがそれと同時に、リーナに向かって口を開く。 「・・・お姉さん。 CD、かけて」 「うん、いいよ。 何の曲がいい?」 「・・・右らへんにある、白いケース以外のものなら」 白いケースのCD。 それにはどんな曲が入っているのか、リーナは分かっていた。 舞の好きな曲が入っているのだ。  他にも白いケースはいくつかあるのだが、今の彼の事情からそう悟った。 ならばそれ以外で何の曲を流そうかと思い、迷った挙句悠の一番好きな曲をかけようとした。 「あと、オレンジ色のCD以外で」 「え?」 まだそのCDには触れてもいないのだが、突然心を見透かされたと思い咄嗟に悠の方を向いてしまった。 だが彼は今、こちらは見ておらずずっと背を向けたままでいる。 そんな彼に、小さな声で尋ねかけた。 「どうして、分かったの?」 「・・・お姉さんなら、僕を気遣ってそれをかけそうだったから」 あまり今は、励ますような明るめな曲は悠には向いていないのだろう。 その結果、落ち着いて聴けるバラードを流すことにした。 悠は――――少しずつだが、舞との距離を自然ととっていた。  昨日喧嘩したと聞いた時は流石に心配したが、彼女の事情を知っているリーナにとって――――二人が離れてくれるのなら、それでもいいと思った。 これで悠は、舞の命が途絶えてしまっても深く傷付くことはない。  だから『舞ちゃんと仲直りしよう』といったような、二人を無理に近付けるような発言はリーナからはしなかった。 このまま二人の関係が、もっともっと離れていけばいい。 それだけを思っていた。 この状態が――――数日、続く。
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