裏側。

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強引に博士の部屋から追い出されたリーナは、扉の前で小さく呟いた。 「・・・分かりません」 納得はいかないが博士の機嫌を損ねてしまった以上、この先はしばらく何も情報を得ることができないと思い、諦めて自分の部屋へ戻ろうとする。  すると突然、背後から男性の声が耳に届いてきた。 「・・・リーナ?」 自分の名を呼ばれ、すぐさま後ろへ振り返る。 「・・・タクミさん」 そのタクミと呼ばれる少年は、リーナの顔を見るなり笑顔でこちらへ近付いてきた。 「やぁ。 こんなに遅い時間まで、お仕事だった?」 「えぇ」 「そっか。 お疲れ様」 「ありがとうございます」 タクミとは、リーナと歳は当然変わらないのだが、この研究所にいるロボットたちの中ではかなりの先輩だった。  だからリーナ以上に、たくさんの経験をして色々なものを見てきている。 彼の性格は、とにかく元気で真面目な、好青年といった印象だ。 立ち話もあれなため、一緒に歩きながら会話を進めることにした。 「リーナは確か今日、初めてのお仕事だったんだっけ? 相手はどんな子?」 「全身骨折と打撲で寝たきり状態でいる、今年12歳の男の子です」 「寝たきり!? それはお世話するの大変じゃない?」 博士と似たような反応に、リーナは首を横に振る。 「とても心優しくていい子なので、不自由はないですよ」 「そっか」 リーナの反応を見たタクミは優しい笑みでそう返すと、今度はリーナから話を持ちかけた。 「タクミさんも、今日はお仕事ですか?」 「そうだよ。 今終えたばかりなんだ」 「そうなんですか。 お疲れ様です」 「ありがとう」 「タクミさんのお相手は、どんな方ですか?」 そう尋ねると、彼はより優しい表情になりながら言葉を紡ぎ出す。 「とっても元気で無邪気な、9歳の女の子だよ。 両親が共に遅くまで働いているから、学校から帰ってくる夕方から親が帰ってくるまでの間、面倒を見てほしいって。  一人っ子だから、遊ぶ相手とかいないみたいでね。 凄く懐いてくれて、とても可愛いよ」 「何か、タクミさん楽しそうですね」 言葉だけでなくタクミの表情からでも分かるその雰囲気に対し素直にそう言うと、彼は急に立ち止まりリーナの方へ身体を向けてきた。 「めっちゃ楽しいよ! 僕がいることによって、相手が笑ってくれたりするのって、とっても幸せなことじゃない? 僕はそれ程、この仕事に誇りを持っているんだ。  たくさんの人の笑顔を見るだけで、僕も嬉しくなって幸せを感じる」 ―――・・・いいな、タクミさん。 ―――私もいつか、ハルくんに笑顔を届けさせることができるかな。 自分が担当している悠のことを思い出しタクミと比較していると、ふいに彼は少し暗い表情を見せてくる。 「でも一つ、気になることがあって。 アイちゃんはいつも笑顔で僕と接してくれるけど、やっぱり両親のことが大好きなんだよ。 それは見ていれば伝わってくる。  だって、親が帰ってくると同時にアイちゃんは玄関まで、走って迎えに行くんだよ? その光景が、僕は微笑ましくてたまらない。 ・・・でも、親だけは何か違うんだ。  アイちゃんは笑顔で迎えているのに、親だけはぎこちない笑顔というか。 そして小さな声で『疲れた』って口にするんだ」 「ツカレタ?」 「あぁ、そっか。 リーナはその言葉、知らないよね。 僕も最初は知らなかったんだけど、アイちゃんたち家族と接しているうちに、だんだん意味が分かってきたんだ。  あまりいい意味ではないから、リーナは知らなくてもいいかな」 「・・・」 ―――あまり、いい意味ではない・・・。 “アイちゃん”というのは、きっとタクミが相手をしている少女の名なのだろう。 そこでリーナは、先程博士と話していた時のことを思い出した。  “負の感情”というのは、今タクミが口にしている“ツカレタ”という言葉と、関係しているのだろうか。 リーナが知らない言葉まで何でも経験している彼に、より憧れを持つ。 「だからさ。 僕にならいいけど、せめてアイちゃんの前ではそういうぎこちない笑顔や、疲れたって言葉をあまり口にしてほしくないなって思うんだよね。  まだハッキリとした意味は知らないけど、何か違和感を感じるからさ」 リーナから視線をそらし、そう言うタクミ。 彼なら分かるかもしれない。 リーナが疑問に思っていた“悲しい顔”というものは、一体何なのかを。 そう思ったリーナは、直接彼に聞いてみることにした。 「あの、タクミさん」 「うん?」 「悲しい顔って、どんなものですか?」 「・・・」 そう尋ねると、タクミは少し考え込むような顔をして再びリーナから視線をそらす。 そしてそっと口を開き、微笑みながらリーナを誘い出した。 「リーナ。 ちょっと僕の部屋、来てみない?」
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