出会い。

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彼女は今、悠の目の前で楽しそうに笑っている。 今まで何も苦しいことを味わったことがないような、とても純粋で素直な笑顔を浮かべていた。 ―――・・・。 そんな彼女を見て、悠は何も言えなくなる。 どうしてこんなにも、笑っていられるのだろうか。  目の前には――――ずっと動けず大人しく横たわるしかない、哀れな少年の姿があるというのに。  悠は、そんな彼女をどこか受け入れる気がしなかった。 今の自分とは正反対でいる人と関わるなんて、気が重くて仕方がなかった。 別に彼女のことが嫌いで、全てを否定しているわけではない。  ただその醜い程の笑顔だけが、どうしても気に食わなかったのだ。 「・・・お父さん、その人は?」 リーナと名乗る少女から父の方へ視線を戻しそう問うと、彼は静かに語り出した。 「悠、毎日が一人でつまらないだろ? それに今の状態だと、一人では何もできなくて不便だ。 だからこの彼女、リーナさんがこれから悠に付き添ってくれることになった。  まぁつまり、悠のお手伝いさんというわけだ」 「・・・」 「リーナさんは他の人とは違って、面会時間がない。 だから悠が起きる時間から寝る時間まで、ずっと傍にいてもらうことができる。   話し相手もできるし、これでもう退屈な日常とはおさらばだろう?」 この時、悠は悟った。 リーナが常にこの病室にいるということは、明日からは父と母、共に見舞いには来れなくなるのだろう、と。 だがそのことに関しては、何も我儘を言わなかった。  本当は寂しい気持ちでいっぱいなのだが、悠も両親にここまで面倒を見てもらって、少し申し訳なく思っていたからだ。 一日置きに仕事を休まないといけないし、毎回悠を楽しませるよう何かを考えなくてはならない。  それらのストレスから解放されるのだから、見舞いに来れないということに対しては何も文句は言えなかった。  だから―――― 「そうだね。 分かったよ、お父さん」 父を心配させないよう、心に嘘をつく。 すると彼は悠の答えを聞いて安心したのか、小さな笑みを浮かべ時計を確認した。 「お父さん、今日は仕事を休まずにいったん抜けてきただけだから、そろそろ戻らなきゃ。 あとのことは、早速だけどリーナさんに任せてもいいかい?」 「はい」 リーナが優しく返事をすると、父は横になっている悠へと静かに歩み寄る。 そして悠の頭を撫でながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。 「早く元気になって、動けるようになるといいな。 大丈夫、お父さんはずっと、悠の味方だから」 悠が微笑んで小さく頷いたのを見てから、静かに病室を出ていく彼。  そんな父の背中を見ながら“もうしばらくは会えなくなるんだ”と思い悲観的になっていると、突然リーナに明るい調子で話しかけられた。 「ハルくん、お姉さんとお話しよっか」 「・・・今は話すことなんてない」 ぶっきらぼうにそう言ったが、彼女はベッドの横に椅子を置き自然と笑顔を浮かべる。 「じゃあ、本でも読む?」 「今は読む気分じゃない」 誘いを断り続ける悠だが、それでもめげずに彼女は声をかけてきた。 「あ、じゃあ飲み物でも飲もうか」 「今は飲みたくない」 “これ以上話しかけないで、一人にしてほしい”といった気持ちを表現するよう、固く目を瞑る。 そんな悠を見て、彼女は優しい口調で尋ねてきた。  どうやら眠いから目を瞑ったのだと、勘違いしたらしい。 「お昼寝でも、する?」 「・・・いや、今は眠くない」 それを否定するよう、ゆっくりと目を開ける。 だけどこのままだとすることもないため、窓の方へ目をやりしばらくの間外を眺めていた。 悠の目線からは空しか見えなく、のんびりと進んでいく雲やたまに通り過ぎる小鳥たちなどを、時間の流れるままぼんやりと目にしていく。 流石にリーナも悠の気持ちを察したのか、これ以上は口を開いてこなかったが、二人だけの病室はとても気まずく仕方がなかった。 あまり関わる気はないのだが、少しでもこの雰囲気をよくしようと、彼女の方へ首を傾け質問してみる。 「・・・お姉さんは、どこから来たの?」 「私はこの病院の、近くに住んでいるよ」 「お姉さんは、いくつなの?」 「16歳だよ」 ―――高校生か・・・。 何故平日のこんな時間にここにいるのかは、多少は気になったが特に触れなかった。 今はそれ以上に、気になることがあったからだ。 悠はジッとリーナの顔を見つめてみる。 彼女は満面の笑顔のまま、視線を僅かでもそらすことはない。 「お姉さんは、どうしてそんなに笑っていられるの?」 「え?」 「何が今、そんなに楽しいの?」 「・・・」 「・・・ずっと寝たきりでいる僕を見て、どう思っているの」 その疑問に何か感じたのか、リーナは口を噤んだ。 それでも彼女は、優しく微笑んだままだった。 そんな彼女を少し気味が悪く感じてしまう。 目も、口も、笑顔であるがどこか無機質で。 「ハルくんを、元気にしてあげたいなって思っているよ」 ―――それは・・・嘘だ。 そう答えた彼女に少し嫌気が差し、再び悠は窓の方へ目を向ける。 彼女の笑顔は素直過ぎるのだ。  裏もない嘘もない笑顔だと思うのだが、顔の表面に強制的に貼り付けられているようで、悠は不気味で仕方がなかった。 一体何を考えているのかも分からない――――まるで一つの仮面のような、笑った顔だったのだから。 そこで悠はもう一度リーナの方へ顔を戻し、あることを提案した。 「ねぇ、お姉さん」 「なぁに?」 「悲しい顔、してみてよ」 「え?」 「少しだけでいいからさ」 「でも」 「できないの?」 「・・・」 リーナは一瞬だけだが、笑顔とは違う顔を見せてきた。 悲しい顔ではないのだが、思考が少し停止したような――――無表情のような顔。 ―――・・・お姉さん、そんな顔もちゃんとできるんだな。 人間らしいところを見つけ少しだけ安心するも、それでも悠は強く促した。 「ねぇ、早く」 「・・・それはできないよ」 「何で?」 再びリーナは、表情を戻し――――小さく笑って、こう答えた。 「私が悲しい顔になっちゃうと、ハルくんまでも悲しい表情になっちゃうからね」 ただその笑顔は先程とはどこか違い、無機質に感じることはなかった。 もちろん、楽しくて笑っているようにも見えない。 何故か悲しみを含んだ笑顔が、逆に感情を感じさせたのだ。 ―――それもどうせ・・・嘘なんでしょ。 それでも悠の中に、リーナのことを認めたくないという気持ちがあった。 しばらく眺めていると、やはり感情のない笑顔に感じられる そんな彼女に再び嫌気が差し、また窓の方へ顔を向けた。 彼女は綺麗過ぎるのだ。 表情や心、言葉、何もかもが。 もっと言うと、でき過ぎている。 完璧な人間などいないと分かっていた。 だけどここで、自分自身の中にある違和感に気付く。 ―――あれ・・・普段の僕って、こんな酷いことを考えたりしていたっけ? ―――あぁ・・・。 ―――入院生活があまりにも退屈過ぎて、僕の心も頭も歪んじゃったのかな。 隣にいる彼女の存在を感じながら、それでも空を見続けた。 ―――僕はお姉さんと、きっと合わないや。
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