出会い。

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「あら、リーナちゃん!」 「こんばんは」 扉が開くなり、元気な声が悠の耳に届いてくる。 そのナースは若くて綺麗というより、少し歳がいっているため母的存在の方だった。 容姿もふくよかであるため、見ているだけでもどこか安心する。 「来てくれたのねぇ。 元気そうで何よりよ」 「お陰様で」 リーナは笑顔で、そのナースに対応していた。 彼女たちの会話をBGM代わりにしながら、悠は時計の方へ目を向ける。 ―――6時・・・。 ―――夕食の時間か。 そんなことを思っていると、いつの間にかナースは悠の隣へ来ていて、今度は悠の姿を見るなり驚いた表情をしてきた。 「あら、ハルちゃん! 上半身、起こしているじゃない!」 「あぁ。 さっき、起こしてみたんです」 「大丈夫? 痛くなかった?」 「動かした時は流石に痛かったですけど、今はもう慣れました」 「そのくらい起こすことができたら、見れる景色も大分変わるでしょう?」 「景色?」 そう言われ、悠は室内をゆっくりと見渡してみる。 ―――あ・・・本当だ。 ―――さっきまで身体を起こすことで精一杯だったから、全然気付かなかったや。 ―――・・・こんなにも、この病室は広かったんだな。 寝たきりでいるだけであんなに視界を奪われるとは、思ってもみなかった。  少し身体を起こすだけでこんなにも世界が広がるなんて、初めて知ったことでもあり思わず感動してしまう。 そして今度は、窓の方へ目をやった。  18時だというのに、ギリギリ外は明るく様子が見える。 ―――これは・・・凄いや。 ―――今まで空しか見えなかったのに、今じゃ高い木のてっぺんまで見える。 今まで見ていた景色とは違う光景に心打たれていると、食事の準備をしながらナースが楽しそうに言葉を紡いできた。 「今のハルちゃんの状態を、早く先生に言わないとね? 先生もきっと驚くわ。 食事もちゃんととられるようになるし、この時間も楽しくなるんじゃないかしら」 「はい」 その言葉に優しい表情をして頷くと、食事の時間が始まった。 といっても固体のものを口にできるわけではないため、当然満腹感は得られず食べた気にもならない。 味付けはちゃんとしてあるのだが、お世辞にも美味しいとは言えなかった。 そして数十分後、食事を終えた悠は外の方へ目を向けている。 先程見た景色に感動しまた眺めようと思ったのだが、今は既に外の様子が見えなくなっていた。 日が沈み暗くなり、部屋の電気がついているせいで、窓には外の風景ではなく部屋の様子が反射して映し出されている。 ―――もう暗くなっちゃったのか・・・。 そのことに思いふけていると、ふと窓越しに映るリーナの姿が目に入った。 彼女は今、棚の上に置かれている何十枚ものCDを、楽しそうに眺めている。 そんなリーナの方へ実際に目をやると、彼女は悠が振り向いたことを確認し口を開いてきた。 「あ、ハルくん。 身体を、元に戻す?」 「ううん。 まだこのままでいたい」 「そう? でも何度か上体を、起こす起こさないを繰り返さないと慣れていかないよ?」 「でも今はいいんだ」 「そっか」 一度彼女は悠から目をそらすと、もう一度ゆっくりと話しかけてくる。 「ねぇ、ハルくん。 この音楽って、ハルくんのお父さんとお母さんが持ってきてくれたもの?」 「そうだよ」 「ハルくんは、どれが好きなの?」 そう言って、リーナは悠が見えるようにCDを動かし、前に出してきた。 その中で好きなものを一つだけ選ぶと、その一点だけを見つめる。 「あれ。 一番左にある、オレンジ色のヤツ」 「これ? かけてもいい?」 その言葉に頷くと、彼女はオレンジ色のケースからCDを取り出しオーディオ機器に入れた。 そしてそこから流れる音楽を、しばらくの間堪能する。 「んー・・・。 ゆったりしている曲が多くて、聴いていて心地いいね」 目を瞑りながら優しい口調でそう口にする彼女に、悠は言葉を挟んだ。 「あ、この曲だよ。 僕にとって、一番お気に入りの曲」 そう言うと、リーナは慌ててケースから歌詞カードを取り出し目を通した。 そんな彼女を見て、悠はおもむろに口を開き話し出す。 「この曲はね。 苦しかったら無理をしなくてもいい、悲しい時は泣いたっていい。 嘘なんてつかずに、ありのままの自分でいてもいいんだよって語りかけてくれる歌なんだ。  僕はこの曲に、何度も励まされて助けられてきた」 「そっか・・・。 うん。 歌詞も、とてもいいね」 「だからね」 ここで一度、悠はリーナのことを見据えた。 それにつられリーナも悠と目を合わすと、悠はゆっくりとした口調で優しく言葉を綴り出す。 「だからね。 お姉さんも、無理はしなくていいんだよ。 悲しい時は悲しいって。 寂しい時は寂しいって。 ちゃんと嘆いて、泣いたっていいんだよ。   僕のためを思ってとか、そんなのはいらない。 一番大事なのは、自分の心に嘘をつかないことだよ」 その言葉を聞くと、リーナは一瞬複雑そうな表情を見せた。 だが今度は笑っているような、何とも言い表すことのできない難しそうな表情を見せ、言葉を返してくる。 「うん。 ありがとう、ハルくん」
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