裏側。

3/4
29人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ
タクミの部屋 リーナはタクミに導かれ、彼の部屋まで来た。 中はどの部屋も全て同じ作りなため、今更室内を見ても感動や驚きといった感情なんて生まれない。 それにみんなはロボットだ。 人間とは違い、必要なものは限られている。 汗はかかないため、タオルで拭く程度で風呂には入らないし、お手洗いも使わない。 栄養なんていらないため、充電するだけで食事もとらない。 そんなロボットたちには、広い部屋なんて必要なかった。 だから部屋内は、とてもシンプルなものとなっている。 だけど――――彼の部屋は、違った。 「・・・っ! これ、は・・・」 リーナはタクミの部屋に入った瞬間、言葉を失った。 まるで自分の部屋とは違い――――彼の居場所には、たくさんのあるモノが置かれていたのだ。 あまり見慣れないものに興味津々で、奥へと進み棚の上にあるモノをじっと見つめる。 「それはね、写真って言うんだ。 リーナも知っているでしょ? でも、見るのは初めてかな」 背後から聞こえる彼の言葉に、小さく頷いた。 タクミの部屋は――――あらゆるところに、写真立てが置かれていたのだ。 写真館よりも、たくさんの写真が飾られている。 そしてこれらに共通しているもの。 それは――――写真の中に写っている者は、みんな笑顔だということだった。 「この写真に写っている人たちはね、今まで僕が担当してきた方たちなんだ。 小さい子からお年寄りまで、幅広い年齢の人をお世話してきた。  彼らの笑顔は全て、僕の宝物なんだ」 優しい表情でそう言葉を紡ぎ出す、タクミ。 リーナは他のロボットの部屋にも入ったことはあるのだが、写真を飾っているところなどほとんどなかった。 あったとしても、一つか二つ。 こんなにも異常な程に置かれているのは、彼の部屋が初めてだった。  「・・・リーナ。 おいで」 写真の中で笑っている人たちを見て温かい気持ちになっていると、突然タクミはリーナの名を呼んだ。 振り返ると、彼は部屋の隅でリーナを手招きしている。  そして彼の手には、大きな本が抱えられていた。 「これはアルバムって言ってね。 リーナに、見せたいものがあるんだ」 そう言って、目の前まできたリーナにあるページを開き差し出してくる。  先程の優しい表情とは違い複雑そうな顔を見せる彼に違和感を感じつつも、アルバムを受け取り開かれたページを見た。 そこに写っていたのは―――― 「・・・?」 複数ある中の一枚の写真を見て、リーナは“よく分からない”といったような表情をして思考が停止する。 そんなリーナの反応を見てから、タクミはゆっくりと言葉を紡ぎ出した。 「さっきリーナ、僕に『悲しい表情って、どんなものですか?』って聞いてきたじゃん? ・・・そこに写っているものが、悲しい表情だよ」 「どうして、この子は・・・。 水を、流しているのですか?」 水。 それは涙というものなのだが、その言葉を知らないリーナは素直に尋ねてみる。 「水、というより、それは涙って言うらしいんだ。 でね、その涙を流している顔のことを“泣き顔”って、言うらしいんだけど・・・。  悲しい顔と同じで、泣き顔もあまりいい意味ではないんだ。 悲しくなったり寂しくなったら、どうやら自然と目から涙というものが出てきてしまうらしい。  ・・・でもね、こういう顔を、僕たちは人にさせちゃいけないんだよ」 「じゃあどうしてこの子は、涙しているのですか?」 「・・・それは、別れの時が来たから、かな」 そしてタクミは視線をそらし、ゆっくりと語り出す。 「リーナは今回が初めてだから分からないと思うけど、契約が過ぎたら必ず担当していた人と別れることになる。 その時によく、そういう顔をされるんだ。  お年寄りの方よりも・・・特に、小さい子が」 タクミは足を一歩前へ進め、先程までリーナがいた棚の前まで移動した。 「でも僕たちは、人にそういう顔をさせてはいけない。 みんなに笑顔を届けるんだ。 だから・・・人に涙してしまうことや悲しい思いをさせてしまうのは、やってはならない。  ちなみにその涙している子が、僕に初めてその顔を見せてきた子だよ。 それ以降はもう、そんな悲しそうな顔を見たくなかったから・・・」 「どうやって、その別れの時に笑顔にしたんですか」 その問いを聞いた途端、タクミは身体をくるりと回転させ、リーナの方へ向いた。 そして温かい表情で、こう答えたのだ。 「だから僕は、これ以上人を悲しませないように、嘘をつくことにしたんだ」 「ウソ・・・?」 彼の言葉が理解できず戸惑っていると、タクミは慌てて説明を付け足してくる。 「あー、そうだな。 嘘っていうのはー・・・。 口にしたことと現実が、異なっていること・・・って、言えばいいのかな。   例えば僕が『私は女性です』って言ったら、これは嘘になる」 「なるほど・・・」 いまいち納得のいっていない表情をしているリーナだが、それに構わずタクミは今までの自分の経験を口にしていった。 「でね。 別れの時に、相手に悲しませないように僕はこう言うことにしたんだ。 『またいつか、会おうね』 『また一緒に、遊ぼうね』って。  そしたらみんな、笑顔で頷いてくれる」 「それは、現実にならないのですか?」 「ならないよ」 「どうして? 確か、一度契約した人とはもう会ってはならないというような、ルールはなかったはずじゃ・・・」 「うん、そうだね」 苦笑してリーナの言葉に肯定すると、タクミは自分の意見を述べていく。 「お年寄りの方は、僕のことを理解しているからまた会うことは現実になりやすいんだけどさ。 小さい子に関しては、そうはいかないんだ」 「それはどういう・・・」 「リーナは今担当している子に『自分はロボットです』ってことを、話した?」 そう尋ねられ、口を閉じたまま首を横に振った。 その反応を見て、彼は小さく微笑む。 「そっか。 まぁ、それを言う言わないは自分の意志だから、何も言えないけど。 自分で依頼してきた人は当然、僕たちはロボットだって理解している。  だけど小さい子とか・・・。 親によって依頼された場合、当の本人である子供は僕たちがロボットだって、知らない可能性があるんだ。  その時は僕も親の事情に合わせて、明かさないことにしている」 「それは、どうしてですか?」 「・・・それを明かしたことによって、悲しい顔にさせてしまったことがあるから」 「え・・・」 そしてタクミはもう一度リーナから背を向け、飾られている写真たちを見つめた。 「僕が小さい子にそう告白をしたら、物凄く避けられたりしたことがあってね。 怖がられたり、酷いことを言われたり」 「そう・・・なんですか・・・」 気まずそうな声を出すリーナに、タクミは表情を明るいものへ戻し椅子に座りながら口を開く。 「話がズレちゃったね。 そう、僕たちはロボットで、相手は人間なんだ。 これはどうしようもない事実。 で・・・これによって、僕たちにはズレが生じる」 「ズレ?」 「そう。 まぁ特に・・・成長さ。 人間は僕たちと違って、成長するんだ。 特に小さい子ならよく分かる。 一年あるだけで、結構背が伸びるからね。  ・・・でも僕たちは、何も変わらない。 こんな状態で、何年後かに担当していた子と会ったらどうなると思う?   きっと『どうしてあの時と、何も変わっていないの?』って、疑問を持つと思う。 自分だけが成長していて、僕だけが変わっていないって・・・悲しいでしょ?  だから僕は、再び会うことを拒むんだ。 まぁ、小さい子でも僕がロボットだと分かっている子もいる。 そういう人は別だけど」 そしてタクミは机に頬杖をつき、ぼんやりとした表情で言葉を綴った。 「僕は今まで30年以上、この世界で生きている。 その中で色々経験して、学んだ結果がこれだ。 人を悲しませないためには、嘘をついたっていい。  嘘は大抵よくない意味で使われることが多いけど、相手の笑顔を守るためについてもいい嘘だってあるんだよ。 僕はそう思ってる。  それに・・・これも経験したから決めたことだけど、僕は4年以上の契約は結ばないことにしているんだ」 「・・・それは、自分が成長しないのを見せないため?」 「はは。 よく分かったね」 リーナはこの時間、タクミから色々なことを聞いた。 何もこの世界を知らなくて、何の経験もないリーナにとっては、彼の話がとても新鮮で仕方がない。 それに、何でも知っている彼に憧れも抱いていた。 ―――悲しい顔っていうのは、あまりよくないこと・・・。 ―――なのになんでそんな表情を、ハルくんは『して』って言ってきたんだろう。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!