11:永遠

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繋がりは全て断ったはずなのに、どうやって俺の勤め先を知ったんだろう。 しかも、綾子さんの用件は死ぬほどくだらなかった。 「椿くんの子、産んだから」 そんなことは大和くんに聞いてとっくに知っている。 「……だからさあ」 俺の子だから、なに? 大和くんの子として産んだなら、もう大和くんの子だ。 俺の元に帰ってくる気もないくせに、そんなくだらないことを言うためにわざわざ現れたのか。 俺がどんな思いで綾子さんの世界から消えたのか、少しもわかってくれない。 身勝手さに腹が立った。 「前も言ったけど、それ俺の子って証明できないじゃん。何? 養育費でも欲しいの?」 かなり意地悪な物言いだったと思う。 だって、100パーセント大和くんの子じゃないって知っていたから。 この時、綾子さんがそれを打ち明けてくれたら、まだ少し未来はマシだったのかもしれない。 「バカにしないで! そんなものいらないわよ!」 でも綾子さんは話してくれなかった。 それは、大和くんと仮面夫婦を続けるという頑なな意思表明な気がして、うんざりした。 「じゃあ何? ……てか俺さ、今付き合ってる人がいて、近々結婚するんだよね。だからもう、つきまとわないで」 突き放すつもりでそう言った。 もう終わりにしたかった。 俺のものにならないなら、頼むからもう俺の前に現れないでほしい。 じゃないと、苦しい。 なら大和くんと別れて俺と結婚してよ、は決して声にできないから。 「そっちこそだから何よ! もういい!」 結局何が言いたかったのかわからないまま綾子さんは去っていって、これで完全に終わったんだと安心した。 けれど、それからしばらくして。 そう、あれは響子との新婚旅行から帰ってきた直後だ。 綾子さんは再び、俺の前に現れた。 「……え?」 彼女を一目見て、大いに戸惑った。 だって、ヘアスタイルもファッションもメイクも、まるで響子だったから。 あまりに似通っていて、とても偶然とは思えなかった。 どうして綾子さんが響子のことを知っているんだろう? まさかこの間の俺の言葉を聞いて、交際相手の素性を調べたのか? でも何の目的で? とか考えていたら、綾子さんがさらにド肝を抜く発言をした。 「ねえ椿くん。私と不倫してよ」 「……は?」 「いいじゃない。愛する響子ちゃんだと思えば、いくらでも抱けるでしょ?」 「……なんで響子のこと、知ってんの?」 その時は「さあね」と綾子さんは笑ってみせた。 「言うこと聞いてくれないと、響子ちゃんのこと酷い目に遭わせちゃうかもなあ」 気でも狂ったんだろうか。 綾子さんの目的が全くわからなくて、でもそれで満足するならと、言われるがままに抱いてやった。 ──でもその時、俺は知ってしまったんだ。 だって、透けるように白く滑らかだった綾子さんの背中は、青いアザだらけで。 なんてことだろう。 綾子さんは多分、大和くんにDVを受けている。
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