不忍池小噺

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もしここで浮き名が流れて 縁談に響きでもしたら 家名に泥を塗ることにもなり、また 柳の前の名誉にも傷がつく。 ふたりの逢瀬を知った継母の焦りようは 想像に(かた)くありません。 私が思うに、ここで登場するのが実母ではなく 継母であった──というのがミソ(・・)でありまして。 というのも ヨーロッパのおとぎ話に出てくる継母は 父親の存在が霞むほど強く描かれておりますが 日本でいう継母 いわば後妻、後釜という立場の女性は 正妻である女性──生死の別に関わり無く──と比べて とても弱い立場であったことを 念頭に置いていただきたく思います。 それこそ、上役の行き遅れた娘御を、とか どこそこの旧家の未亡人を、とか 体面の為に引き取るといった場合も少なからずあったようでして そういうケースで身を寄せることになった女性は なかなかに肩身の狭い思いをしていたようであります。 もしや、この柳の前の継母も そうした女性であったやもしれず ともすれば、柳の前と ほとんど歳も違わなかったかもしれませぬ。 もし、そうであれば。 結婚に失敗する女の顛末というものを 継母自身、身に染みて知っていたことでしょう。 とうてい結ばれ得ない、恋の相手。 一時の情熱に任せて身をやつすよりも 後の人生を考えるならば──と 一見すると 単なる継子いじめで済まされてしまうだろう継母の行為も 見方を変えれば、娘に対する愛情ありきのものであった── とは、考えられますまいか。
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