不忍池小噺

16/24
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/24ページ
わざと橋板を抜いたのは まさか死に至らしめようなどという意図まではなく ぽっかり空いた橋板に足を踏み入れ あわや池へと転落しそうになった── こんな怖ろしい思いはもう御免──と それを機にふたりの仲が疎遠になればという 淡い期待からのものであったとしたら? しかし、運の悪いことに 感応丸は池へと落ち そのまま帰らぬ人となりました。 もっと悪いことには 柳の前の目の前でそうなってしまった、ということ。 考えてもみてください。 まだ若干十五の娘。 家人に気取られることなく家を抜け出すとなれば 当然、灯りの類は持てもせず かといって、目指すは池のほとり。 街灯などはない時代です。 頼りになるのは月の光のみ。 あとは墨で染めたかのような漆黒が、辺り一帯に続くばかり。 見知った景色も、昼と夜ではまったく異なります。 どこからが空で、どこまでが道なのか。 どこにどんな輩が潜み、いつどんな獣が飛び出してくるか。 風に煽られる木立や葉擦れの なんと恐ろしく聞こえることでしょう。 それをたったひとり、たった十五の娘が 男恋しさだけを胸に、暗闇を駆けていくのです。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!