不忍池小噺

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やっと辿り着いた先で あなた──と 愛しい者の名を呼んでみましても 先方は未だ来ていない様子。 橋桁に水のぴちゃぴちゃと寄せる音が なにやら酷く耳に響きます。 ひゅう、と吹く風の生温かさに 何故かぶるりと身を震わすは いつか聞いた怪談を思わせるからでありましょうか。 夜の水場、というのは 想像以上に恐ろしいものであります。 海や河川の近場にお住まいの方でしたら おわかりいただけるかと思いますが 昼は清らかに光を反射する、大変美しい景色でありましても ひとたび夜となりますと それは真っ黒にぬらぬらと蠢く 怪物のように見えるので御座います。 そして、霊というものは水場を好むと言われております。 恋しさと恐ろしさとで はやる心を胸に急ぎ足で橋を進みますと 何やら遠くから、ばしゃばしゃと水音がする。 不穏な空気を感じて、さらに歩を進めますと 月明かりに照らされたその先で 池を埋め尽くすほどの蓮の合間合間で わずかばかり見える水面が ゆらゆらと大きく波打っているではありませんか。
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