不忍池小噺

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まさか──と否定したい気持ちに反して、耳に入るは バシャバシャと必死に水を叩く音。 他に動くものなど何もない 夜の静寂がその異様さをさらに浮き彫りにいたします。 そうしている間にも ガボリと質量を感じさせる音が 空気を含みながら浮きつ沈みつする気配。 ああ。もう、間違えようが御座いません。 こんな夜更けに、こんな人気のない池の真ん中で 他に誰がおりましょう。 今そこで溺れているのは感応丸。 あれだけ逢いたいと慕い望み、瞼に姿を焼き付けた愛しい人 その人なのです。 はやく、はやく助けなければ── しかし、そうしようにも 蓮の葉が池をすっかり覆ってしまっていて どこで感応丸が溺れているのかわかりません。 音のする場所を探ろうとしても 夜のしじまに水音が幾重にも反響しあい まるで柳の前を嘲笑うかのよう。 苦しげに藻掻く音は見る間に弱々しくなり やがて、何かを飲み込むぶくりという音を最後に 池はまた静寂を取り戻したので御座います。
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