不忍池小噺

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もしかすると柳の前の耳には 沈む間際の感応丸の「やなぎ──」という苦しげな声が 聞こえたかもしれませぬ。 そうなると 目の前で愛する者が死にゆくのを こんなにも近くにいながら、ただ震え 為す術もなく立ち尽くすことしか出来なかった その嘆き、絶望ぶりは 如何ばかりでありましたろう。 大の大人であっても、そのような現場に居合わせて 機敏に行動できる者が一体、何人いましょうや。 ましてやまだ十五の娘に。 「柳の前、大いに嘆き悲しみ、()た水に入りて死す」 悲しみはもとより、罪悪感も そして相当に混乱もしていたことでしょう。 文章にしてしまえば、たった一行。 とても淡泊であります。しかし。 その行間には 純真な娘が命を投げ出すには充分すぎるほどの 慟哭が読み取れませぬか。
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