不忍池小噺

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いつしか、この出来事も まるで最初からそんな悲恋などなかったかのように たくさんの咲き乱れる花の陰と消え 元の通り、江戸蓮池名所として 訪れる者の目を楽しませる場となりました。 ところで、この蓮 とても不思議な性質を持っていることを 皆さまはご存知でしょうか。 真水のような綺麗な水では小さな花にしかならず 泥水が濃ければ濃いほどに、大輪の花を咲かせるのだとか。 これほどの見事な蓮池で御座います。 花の盛りの時分には どこからが水面なのか見当もつかないほどの繁殖ぶり。 ということは、この池も水の底には泥が堆積し そして、その泥の奥深くには 感応丸と柳の前の骸が未だ、眠っているのやも── と考えますと 冒頭でわたくしが申しました、 美しさの陰でどこかしら、薄ら寒い心地がするという気持ち わかってくださいますか。 桜の木の下には死体があるという話に通じるような あたかも、ふたりの情念がこの花々を かくも妖しく咲かせているかのような──
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