不忍池小噺

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恋しい相手とふたりきりで会いたいと願うのは 古今東西、何も珍しいことでは御座いません。 殊に月夜のもと 蓮華に見守られながらの逢瀬となれば なおのこと甘美なことでありましたろう。 しかし。 いくら観光で賑わうとはいえど 蓮が咲くは昼日中まで。 夜には昼間の喧騒が嘘のように 打って変わって寂しさ際立つ、池のほとり。 年若いふたりで御座います。 いくらふたりきりの逢瀬を、とはいえ 不義密通を犯す男女でもあるまいに 明るい日のもと相会うことを良しとせず 何故(なにゆえ)に──と 思わなくもありません。 実は このふたりが人目を忍ばなければならなかったのは それに相応しき大きな理由が別にあったので御座いました。
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