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(やばい、やばい、遅刻だ!)
瑞姫は懸命に『Cheers!』に小走りで向かっていた。
今日も友人達と喫茶店でお喋りに興じていた。もう少しと思ううちに時間が過ぎていく。
気がついた時にバイト開始まで20分と迫っていた。
先日雨に打たれた陸橋が見えてきた頃、とある建物から出て来る男女が目に入った。
(──!)
途端にぴたりと足が止まった。
見間違えない。
聡子と彬彦だった。
聡子は腕を組み、なんとも熱を込めた瞳で彬彦を見上げていた。
彬彦もまんざらではないのか、組んでいた腕を解いて腰を抱き寄せる。
(──そこって)
思わず建物を確認した、ラブホテルである。以前『Cheers!』から行ったホテルだとは瑞姫は知らない。
(──そこから出て来るって)
そのファミレスでは打ち合わせに来たと嘘を言った、ではそのホテルでも打ち合わせをしていたと言うのか。
否。
二人の様子から言っても、真面目に仕事をしている訳がないと、社会人の経験がない瑞姫にだって判る。
聡子達は、以前は口実代わりに『Cheers!』など、打ち合わせするような場所に行ってからホテルへ行っていたが、最近は直接行くようになっていた。
『Cheers!』には瑞姫がいると判ったのも大きい。
(……奥様……あなたは、本当に……!?)
瑞姫はその背を見送った。
走るのはやめてしまった、走れば聡子たちに追いついてしまう、行く方向は同じだ。
無視して走りすぎればいい……でも、何か、嫌みの一言も添えなければ気が済まない自分がいた。
(……ムライさんは……知ってるの……?)
つい先日と言っていい、初詣の列で仲良く腕を組んでいた姿を思い出す。
(知らないよね……自分の奥さんが浮気してるなんて……)
とぼとぼと歩みを進めながら、瑞姫は勝手に溢れそうになる涙を懸命に堪えた。
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