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 空にすうっと絵筆をくぐらせたら、筆の先には綺麗な青が含まれていた。  青い絵筆をキャンバスに走らせると、そこには空の色とそっくり同じ青がたしかに残っていた。  私は嬉しくなって、何度も空の青をキャンバスに塗っていった。    この絵筆をもともと持っていたのは、亡くなった祖父だった。  祖父は若い頃に画家を目指していたというひとで、私も祖父の絵を見たことがあるけれど、どれもあたたかなタッチとやさしい色使いをした、綺麗な作品だった。  だけど、祖父の作品は世間に受け入れられることはなかったらしいと聞いている。理由は知らない。でも、祖父は結局画家になる夢を諦め、ごく普通の商社マンになり、そして年を重ね、昨年亡くなったのだ。  絵を描くのが好きな私にとって、祖父は尊敬に値するひとだった。  祖父の家には様々な絵が飾られていた。祖父が描いたものもあったけれど、その多くは祖父が若かった頃に親交のあった、当時の画壇にいたひとたちの作品なのだった。いま普通の人が聞いたら驚くようなビッグネームの画家の、若かりし頃の作品も数多くある。  けれど祖父は、若い頃を懐かしんで話をすることは、殆どなかった。  その理由もまた、知らない。  ただ、それでも私にはすごい祖父だった。私は幼い頃から絵本画家を目指していたからだ。
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