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 そんな祖父が亡くなった時、遺品の整理をすることになった私たちは驚くほどたくさんの祖父の絵をまのあたりにした。祖父は必要以上に自分の作品を飾ったりしなかったから、こんな作品もあったのかと驚くくらいだった。  そんな中に、一本、とても大切そうにしまわれた筆があったのだ。  その筆には『蒼』とだけ、祖父の几帳面な文字で書かれていた。子どもの頃から美術好きで、いまは高校の美術コースに通っている私がそれを見ても、古いものには違いないのだが、不思議なくらいに良い筆だった。傷みなどはまるで見当たらず、新品同様のような筆先。光沢のある、手に取るとしっくり馴染むようなあたたかみのある持ち手。  私は何となくそれに惹かれ、祖母に形見分けで貰えないか頼んだ。祖母はその筆の善し悪しはよく分からないのだろうか、あっさりと許可をもらい、私はその筆を形見として貰うことになったのだった。  それから、祖父の画壇での評価を改めて調べてみた。大量に遺されたスケッチなどの価値が、身近にいた家族でも碌に分からなかったからなのだが、そこで更に驚かされることになったのである。  筆をとることを諦めたはずの祖父は、決して画壇での評価が悪い画家ではなかった。  よくよく調べると本名とはまったくかけ離れた筆名を持っていたらしく、そのことは祖母ですら知らなかった。そしてその名前でネットを調べてみると、幻の画家扱いされていたのだ。  若くして筆を折ったのが非常に惜しまれると、美術愛好家達のなかでも言われるくらいに。  その代表作は、多くが蒼を主体としたトーンで色づけされていて、一部の人々の間では『蒼の魔術師』なんて渾名が付いているらしい。ネットオークションでも決して安くない価格で取引されているらしく、そのことは本人も知らなかったのではないだろうか。  兎に角、驚かされることばかりで、親戚も唖然としていた。
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