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最初は苦痛だった満員電車にも慣れ、今では同じ車両に乗っている人達を観察できるほどになっていた。
いつも同じ時間の電車に乗り、乗り換えがスムーズなのでいつも同じ車両に乗ると、見知った顔もいる。
向こうは僕の存在に気づいているか不明だが、勝手に親近感が沸いてくる。
そう言っても話しかけるまでの勇気はないので、毎日お疲れ様ですと心の中で労っていると、会社の最寄り駅に着いた。
電車を降りると、どこからともなく心地よい風が吹いた。
何となく今日は良い日になりそうだと思った。
既に満開で見頃な桜並木を通り、歩いて10分ほどで職場に着く。
僕は、大学を卒業してすぐ、児童相談所の職員として働き始めた。
勿論、紗友里や結のことがあったからだ。
僕は結や紗友里の時に何もできなかった自分を悔やみ、家庭環境で悩んでいる子供たちの手助けをしたくて、今の職場を選んだ。
正直、仕事で悩むことも少なくはない。
でも、あの時の自分に胸を張れる将来を歩んでいると誇りに思っている。
いつものように入り口から入り、自分の席に向かうと、上司の席の前で見慣れない女性と上司が話していた。
初々しい声から、彼女が新入社員なのだと察する。
僕の隣の席が空いているので、ここが彼女の席になると、事前に聞いていた。
上司から、彼女の指導係を任されている。
なので、彼女よりも先に出勤していないと示しがつかないだろうと思い、いつもより、早く家を出ようと思っていたのに、完全に先を越されてしまったようだ。
「あ、神山くん。ちょっと、いいかな?」
上司に呼ばれ、鞄を自分の席に置き、二人の元へ向かう。
「今日からここで一緒に働いてくれる桜井さんだ。桜井さん、こちらが指導係をしてくれる神山くんだよ」
「お久しぶりです。神山悟さん」
彼女と目が合う。
まっすぐな瞳だった。
まさか、彼女は......。
またいつかどこかで会えると確信していた。
でもこんな形で再会できるとは、思ってもみなかった。
「久しぶりだね。桜井結さん」
10年ぶりに会った彼女は、最後に見せたあの笑顔よりも大人びた表情で、微笑んだ。
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