山とAさんと

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 スキー場に着くとあっという間にAさんは車の中で服を着替え、外に出て板を履いた。 「おい、置いていくぞ!」 「ちょ、待ってくださいよ」  いざコースに出ると、普段からやっている人と十数年ぶりに滑る人では、スピードが雲泥の差だった。必死でついて行ったけど、ペースが段違いすぎる。向こうは前しか向かないから、折に触れて引き離される。必死で何とか食らいついて行くうちに、昼過ぎには自分も割合勘を取り戻していた。まったく小さい時の経験はすごいものだと感じた。同時にまったくへこたれない様子のAさんの体力に驚嘆するしかなかった。  結局この日はしこたま写真を撮り、次の日筋肉痛に悶え苦しむほど滑り倒した。滑っている間はとても楽しく、僕は何も考えなかったし、常に溺れるような焦燥感にさいなまれることもなかった…。ただ、日の光を浴び過ぎたせいか、目から来る頭痛がしていた。  次の週から、Aさんとは話しやすくなった。Aさんは仕事においてはすぐ逃げるのだが、どこか憎めない愛嬌のある印象だった。たとえばこんな感じだ。  同僚「もう!この仕事、やってくれるって言ったでしょ!」  Aさん「ええぇ!? そうだっけ~? それは申し訳ないな~」とにかっと笑う。  問い詰める側がもう、しょうがないなと苦笑いになり、割とそういう形でつい逃げられちゃうのだ。まったくうらやましい限りではあるが、Aさんに仕事から逃げられるのは自分もそうだったので、途中から仕事を期待しないことにした。そうすると時々Aさんは手伝ってくれるので、気分的に「ラッキー!」となることに気が付いた。Aさんの、引き受けた仕事からするっと逃げるうまさは、性格と熟練の技がなせる一つの処世術なのだろうと思った。  転勤のつらい日々の中で、何とかAさんのおかげで自分も生活を保っていた。数少ない休みの日に一緒に雪山に繰り出したり、夏はライブにでかけたりもした。車中でものとりじいさんや仕事の話を良くした。  Aさん「オマエな、ここはな、仕事はやったらいかんのだ。やったふりが仕事なのだ」  僕「またまた~ぁ。何を言ってるんですか」  Aさん「オマエは悪人になれ。でも他人を攻撃できないからな…」  後から思えばこれは本当に金言だった。そして、数年が過ぎてついに帰る辞令が来た。
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