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帰郷
辞令を受けとった瞬間、ああ、ついに山の向こうに帰れる、この地獄から脱出できる。そのように感慨がわいた。僕が転勤するのと同時に、Aさんの退職もやってきた。大変すがすがしい思いで職場の送別会を終えた。
地元に帰って来たら職場が、転勤前に比べて環境がなんと悪化していた。今度はおしつけおばさんが勢力を拡大していて、皆の前で下っ端の僕を自分の仕事に巻き込もうとアピールをしてくる。上司を通してくれと断ると、いきなり事務所でわざと大声で切れる。同僚もグループ化しており、付和雷同する人の一群がやはり存在していた。自分がトイレに入ってため息をつくと、館内放送で呼び出されグループに詰問を受けたりもした。やっぱりここでも尾行されていたわけだ。数年前には彼らを押さえつけていた上の世代が衰え、中堅若手の連中が人に押し付けることばかりうまくなっていた。山を見るたびに帰郷を切望し、ついに帰って来た僕は絶望した。ついに僕は会社を辞めた。その時に、転勤先で一緒だった同郷で同世代の同僚も、当時本社に僕の行動の密告をしていたことも分かった。
すっかりまいってしまった僕は、いろいろと体を壊し、そして今は暗い部屋の中にいる。Aさんは写真の中でスノーボードに乗り、まさに出発しようとしている姿だ。いざ!そうスタートを切ろうとしているボーダーの上に、青い空が広がる…。雲海は彼を飲み込もうとする。自分はそれを眺める。
後でわかったことだが、Aさんはこの時に家族と死に別れていた。次いで愛犬とも死に別れていた。六十代でスノーボードをやるというのも驚愕で、実は自分からやりたいことに飛び込む人だということを示すものだった。写真に写る背中は、確かに進む姿勢を物語っていた。そして白と黒の雪と影、灰色の雲、空の抜ける青さは彼を引き立てていた。一万円もしないデジカメで、なぜこのような写真を撮れるか自分でも不思議だった。
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