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山葡萄の染み青く
「柳山トンネルを知っているか」
山勢准教授は、教官室に入った私が、彼の傍に行き着く前にいきなりそう尋いた。
呼び出しておきながら何の前置きもないとは、学生相手とはいえさすがに失礼じゃないかい?
とはいえ、こういう人であることは、今春からこのゼミに所属したばかりの私も大分解ってきているから、気にしないようにする。
それはともかく、ええと柳山トンネル……というと。
「ハイ、知ってます。県境にある古いトンネルですよね。心霊スポットとして有名な」
でも、アレ?
「最近、聞かないような……?」
うむ、と准教授はノンフレームの細い眼鏡を直しながら頷いた。レンズに窓から差し込んだ夏の光が反射し、表情が見えない。
「君は、あのトンネルの心霊現象を、実際見たことがあるか?」
「い、いいえっ」
慌てて手を振った。
「子供の頃に、何度か父の運転する車で通ったことはありますが、なんか怖くて目を閉じてたような記憶があります」
ふん、と准教授は不機嫌に鼻を鳴らした。
「なんというもったいないことをしているのだ。せっかく見える目を持っているというのに」
もったいないって……。
思わず首をすくめる。
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