私が彼を気に入らない理由

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「あの、今日お呼び立てしたのは、次の計画のお話をしたくてですね……」  差し出されたクリアファイルを受け取って、三枚程度にまとめられた資料に素早く目を通す。  明確なテーマに沿って集められたサンプルを基にして、数種類のグラフが作成されている。時系列に並べられたスケジュールもあり、具体的なデータを数字で示した後、各種資料やインターネット上から寄せ集めた情報を自分なりに分析し、解釈し、新たな見解をまとめてある。  こんな能力を持った部下がいたら、まともな上司は嬉しいだろうな、と思った。  梨花の上司の求めているものとは真逆だが。  現在の職場に総務部の事務員として勤めて五年が経つ梨花に求められているのは、いつでもにっこり笑って「おつかれさまです」なんて言うような、絶滅種の擬態だ。  趣味で発散していられるうちは大丈夫だと思ってはいるものの、最近顔が引きつる。  いつか気の短さが隠しきれなくなりそうな気がしなくもない。  かといって、目の前の相手の部下になりたいかと言われたら、それはまた別の話。企画営業部という、クライアントと技術者の間を取り持ち、社に最大限の利益をもたらすために奔走している目の前の人物は、エリートコースまっしぐら。別の世界の住人だ。  デキ過ぎの上司の下で働くのは、それはそれで辛そうだと思う。  理詰めで来られたら、逃げ場がない。行き当たりばったりで行動する人間の相手をするのも大変だが、緻密な計画を立て、外堀を埋めてくるような相手のほうがあしらうのは大変だ。  目の前の相手とは、旧知の仲でも深い仲でもない。  部署間の交流を目的に開かれた社内の懇親会で、一般的ではないがビール好きなら知っている外国産ビールを同時に注文したのがきっかけで、あれこれ話をするうちに、ついビール愛について熱く語ってしまったのを面白いヤツと思われたのだろう。  たったひと月の間に、今日を含めて三度も誘われ、こうして二人きりで会っている。  これまでの二度とも「お茶しませんか」という誘いから、美味しいものや酒の話で盛り上がり、おススメの店や梨花がまだ訪れたことのない話題の店に連れて行ってもらうという流れではあるが、毎回次の機会などない、これが最後と思っている。  それでいながら、どういうわけかまた会うことになっている。  油断ならない。
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