第一章 天使の日常

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 朝早く、眠ってしまいそうになりながら、エルカナは朝の勤めと朝食を済ませ、自室に向かおうと修道院の中を歩いていた。朝の勤めの間中、なんとか眠らずにいられて良かったと欠伸をしながら思っていると、後ろから足音と声が聞こえてきた。 「エルカナ聞いて聞いてー!」  駆け寄ってきたのは、白銀の髪をきっちりと編んで結い上げた、エルカナよりも少し背が高い、一歳年上の修道士だ。 「アマリヤ、どうしたんですか?そんな風に走ったり騒いだりしてはいけませんよ」  軽く窘めはしたものの、普段はもう少し落ち着いているので、余程アマリヤはエルカナに伝えたいことがあるのだろうなと足を止めて耳を傾ける。  すると、アマリヤは嬉しそうにこう言った。 「あのね、今朝天使様を見たの!」 「天使様、ですか?」 「そう。街の方から飛んでくるのを見たんです」  まさか帰ってくるところを見られていたとは思っていなかったエルカナは、背中がじっとりとするのを感じながらアマリヤに訊ねる。 「その天使様がどこに行ったのか、見ましたか?」  口ぶりからして、天使様の正体がエルカナだと言うことには気づいていなさそうだけれども、もしこの修道院に降り立ったところを見られていたらと不安になった。そんなエルカナの気持ちもつゆ知らず、アマリヤは少し残念そうな顔をしてこう答えた。 「えっと、どこに行ったのかまではわかんないです。途中で太陽が昇ってくるのが眩しくて目を逸らしたら、そのまま見失っちゃって」 「なるほど、そうなんですね」 「天使様、どこに行ったのかなぁ。やっぱり、神様のところに帰ったのかなぁ」 「きっとそうですよ。天使様も朝ご飯が食べたかったでしょうし」 「朝ご飯、なるほど!」  なんとか正体はばれていなかった。それに安心したエルカナは、アマリヤにこう言う。 「天使様を見たのは、私たちだけの秘密にしましょうね」 「なんで?」 「他の人も見たいと言い出したら、天使様も困ってしまうでしょう」  そのの言い分に、アマリヤはにっこりと笑って返す。 「そうですね。天使様もきっと忙しいだろうし」  納得した様なので、続けてエルカナはアマリヤに言う。 「それでは、早く葡萄畑に行かないと、他の皆さんが心配しますよ」 「そうですね。それじゃあ行ってきます」  先程とは打って変わって、落ち着いた足取りで歩いて行くアマリヤを見送って、一安心した。
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