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夢中になって話す若者と熱心に聞く小僧を守る屋根では、先ほどまで勢いよく打ちつけていた雨が少し小降りになってきております。
「結局、黄兵衛を追い出して、金物屋の連中は青兵衛を担ぎ上げて、傾きかけた商売を建て直していったっていう話よ」
「へぇー、青兵衛ってのは、いったい、どういう奴だったんだい?」
「青兵衛は小さい時から、部屋の奥で難しい本ばかり読んでいた奴だったんだよ」
「へぇー、そんな難しい本ばかり読んでいた奴に商売なんかうまくできるもんかね?」
「そうやって難しい本を読んで、しっかり学問を身につけた人間は、物事の本筋ってのがわかってるから、何をやっても上手くやるんだとよ」
「それで?」
「それで??あ、そうそう、それでな。青兵衛みたいに、きちんと学問を身につけた人間にはかなわないってことを、『青表紙を叩いた者にはかなわない』って言うんだとよ」
「なるほど。でも青表紙って、どういうこと?」
「青表紙ってのは、四書五経とか、たいてい難しい本は青い表紙をしてやがるだろ、そのたとえだよ」
小僧は、大工仕事の合間に本ばかり読んでいる青年の様子を、以前からよく知っておりました。
「へぇー、ところで兄ちゃんは、いつになったら、青兵衛のようになって、棟梁になるつもりだい?」
「え?このやろう、おいらも一生懸命、大工をやって・・・」
若者が小僧を優しく叱りつけようすると、小僧は屋根の脇の空を指さしました。
「もう、すっかり雨なんかやんでいるのに、棟梁を呼びに行かなくていいのかい?」
若者は、すっかり青くなった空を眺めて、またしても、すぐに夢中になってしまう自分を悔やしそうにしておりました。
「まったく、小僧は、赤兵衛と言わないまでも、黄兵衛みたいなやろうだな」
そう、小僧を叱りつけると、若者は棟梁の家の方へ駆けていきました。
小僧は、走っていく若者に向かって、つぶやきました。
「ありがとう、青兵衛さん」
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