3 あの絵の少女

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瞬間、3本の筆から3色の筋が伸びていった。 空中で混ざり合ったそれらは、可憐なバレリーナたちが舞台の上で妖精の踊りを踊っているようで。 真っ直ぐに白を彩ったそれらは、剣士の無駄のない洗練された所作のようで。 キャンバスに着地する寸前で弾けたそれらは、青空に高らかになったトランペットの音色のようで。 宙を遊ぶそれらは、彼女を包み込み控えめに飾るヴェールのようで。 そしてそれらを操る彼女は、演奏家であり、演出家であり、その舞台の脇役に徹していた。 自身が産んだそれを、限りなく澄んだ、存在感のある、美しい歌劇の主人公に仕立て上げた。 出来上がった絵は桜の大木だった。桜色ではない、春の色と朝の色と、絵麻の色の桜だった。 「 … 」 言葉が出てこない。今俺は何を見たんだ。美しいなんかじゃ足りない。体が熱い。脳みそが痺れて働かない。足が震えて立ってられない。喉の奥で何か色々つっかえてるけど、吐き出し方が分からない。 とにかく、凄かった。こんな安っぽい言葉で表現したくないほどに。やばい、泣きそう。 「四葉君?ちょ、大丈夫?」 大丈夫じゃないよ。それ見て大丈夫な人なんて居ないよ。意識を保っただけでも褒めて欲しいぐらいなのに。 ってあれ、俺泣いてる?だから大丈夫か聞かれたのか。うん、大丈夫。大丈夫なんだけど、喉で言葉がつっかえてうまく話せないんだ。 「あ…、はっ、その、……ごめん、なんか、いっぱいいっぱいで、えと、」 「ははっ、ありがと。今丁度満開だからさ、桜描いて見た。じゃあつぎ、四葉君の番だよ。でもそろそろお腹減るよね?」 「へ、何分経った?」 「私が描き始めてから1時間経ってる。」 彩人が慌てて時計を見ると、時計の針は13時を指していた。ここに来たのが12時前だったから、本当にそのぐらい経っている。周りを見渡すともう殆ど見物人は残っていなかった。
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