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突如として目の前に現れた青年は、ひどく澄んだ瞳でこちらを見ていた。
それはあまりにも突然のことで、大地はただ呆然と彼の姿を見つめることしかできなかった。そこは、見慣れた自分の部屋だったはずなのに。
何もなかったはずの空間に現れた人は、冷たく引き締まった空気を纏い、日常に埋もれるような少しだらけた自室の雰囲気を一変させた。張り詰めた空気に小さく息を飲む。
目の前に立つ男は背が高く、ギチギチと唸りを上げそうな程詰まった筋肉が付いていて、大地は羨ましい、と頭の片隅で思った。長い手足や均整のとれた体、明らかに日本人ではないことが分かった。
ベッドに腰掛けていた大地は、その異様な空間の中、ただぼんやりと彼を見つめていた。目線に近い足元から徐々に視線を上げた。そして、その美しい顔にたどり着いた途端、大地はその場に張り付けられたかのように動けなくなった。
少し伏せられた切れ長の目、鈍色の睫毛に縁どられた濡れた瞳。澄んだ湖に薄い氷が張ったような緊迫感と美しさ。その湖は愁いを湛えていて、そこから溶け出した水が、零れ落ちた気がした。
時が、止まった。
「……チッ」
舌打ちと共に再び青年は姿を消した。と、大地は認識したが、それは間違いだった。首にひやりとした物が巻き付く。
「……え?」
「お前が、俺を呼んだんだろう」
耳を震わせ、体に響く重低音が耳元で聞こえた。体の奥底まで届くようなそれを、大地は心地よく感じた。動揺も衝撃もその声に体の奥底に沈められていき、残ったのは凪。大地はその声に身を預けた。同時に、先程彼の目から涙が瞳から零れ落ちたように見えたのは気のせいかと思った。彼の声はからりと乾いて、湿度を感じさせない。
机と本棚、そして箪笥程度しかないこざっぱりとした自室をぼんやりと眺めた。部屋の隅で、高校の制服が揺れている。今の状態をよく回らない頭で整理した。
少し目線を下げると、誰かの腕が視界の端に見えた。ああ、首に巻きつくのは男の腕なのか、とようやく合点がいく。
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