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自分より幾分か高いところにある頭を撫でた。テオドールの眉尻が下がる。いつもきつい瞳が緩んだ。先程切られた頬から流れ落ちる血が、涙のように見えて、痛まないように慎重に拭った。
「誰かを傷つけなくていい。そんなことするためのお前じゃない」
微笑みかけると、テオドールは、くしゃりと顔を歪めた。
「お前だけだよ、そんなことを言うのは」
悲しそうに笑った彼は、すっと膝を折って、大地の足元に跪いた。俯いた顔は、伺えない。大地の傷ついた手を取った彼の手は、小刻みに震えていた。また、何かに怯えているのだろうかと思った。
「お前は本当におかしな奴だから、俺はもう諦めた。全部くれてやる。俺の全てはお前のものだ」
息を飲む。大地の望んだものを彼は与えると言う。とうとう手の中に彼が落ちてきたのかと、どくり、どくりと心臓が鳴る音が耳元で聞こえた。これほどまでに体温が上がり、息ができなくなるような気持ちは、はじめてだった。
「その代わり、お願いだ、どうか、ひとつだけ、約束を」
大地の手を両手で掴み、額に当てている姿は、神にでも祈っているようだった。震える指先は緊張からか真っ白で、大地はもう片方の手でその手を包んだ。自ら熱を生まないその指は、いくら温めても、大地からの一方通行でしかなかった。
「いつか、お前が、その手で俺を壊してくれ」
あげられた顔に、怯えはなかった。ただただ全てを諦め、悟り、全てを投げ打った穏やかな微笑。透明度の高い水色は、淀みなく大地を映す。冷たく美しいそれを見て、大地は、叫びだしたい気持ちになった。
それは、死刑宣告にも等しかった。何故、何がそうさせるのか、そういった問いを発することは意味を成さなかった。一瞬の間に色々な問いが、頭を駆け巡り、浮かんでは消え、口から飛び出しそうで、それでいて、何一つ口から出ずに、喉の奥から吐き出すこともできずに喉を塞ぎ、それから胃の腑に重く積み重なっていく。
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