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真っ白なその首に指を絡めて締め上げて、彼が全ての息を吐き出して、細い息が途切れるのを見届けろというのか。愛しい相手を、救うために手にかけろと言うのか。彼は、大地がテオドールを大事にしていることを知らないはずもない。口づけをすれば、その髪を梳けば、分かるか分からないかの微妙さで目を細め、表情を緩めるのに、彼は一番愛し、抱きしめて欲しいであろう大地に、愛してではなく、壊してと乞う。いじらしいを通り越して、それは無垢という名の罪だった。残酷すぎる哀願に、震える唇を気取られぬように弧を描き、そして答えることだけが、大地の精一杯だった。
「……わかった、いつかお前を壊してやる」
拒絶することはできなかった。したところで、その理由も、おそらく大地の返答すらも、この場においてなかったことになる。彼の言葉はおそらく彼の中で形をもって、心の奥底に落ちていってしまったものなのだ。拾い上げることなどできないところまで落ちてしまったそれを、大地はどうすることもできなかった。テオドールを分かったつもりで、いいように彼を振り回し、抱き、自分のことを刻み込み、愛されていることを感じていたが、今回は何の案も策も出ない。手詰まり。行き止まり。八方塞がり。袋小路。
大地は全てを手に入れたようでいて、全てを失った。愛を告げる機会も、共に生きる機会も。好きだと言っていれば、もっと一直線に愛していれば、彼の心など構わず強引にでも彼を物にしてしまえば、彼を縛り付ければ、色々なことが頭を駆け巡る。
けれど、今更どうしようもない。ようやく大地を求めたその手は、情けも救済も求めていない。彼の澄み切った瞳は、ただ大地を愛することしか考えておらず、けれど大地から受け取るものは何一つない顔をしていた。大地の想いも、彼自身の大地に対する想いも全て見て見ぬふりをして、いや、知っていたとしても、それを間違いだと断じる。
彼は、全てをその透明な水の中、薄く張っているようでいてヒビが入りもしないその瞳の奥に閉じ込めてしまった。二度と、手の届かないところまで。
つ、と頬に一筋、涙が伝うのを感じた。
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