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「……おい」
「……いや、待てって。呼んだって何のことだ? 俺は銃の手入れをしていただけだ」
違法所持だけどな、と、しれっととんでもないことを付け加えて、大地は首を傾げた。思考が少しずつクリアになっていく。そういえば、彼の手に収まっていたはずのそれがない。銃、といってもモデルガンなどではない。本物だ。
稀代のトラブルメーカーであり大の悪友である平平平平から、お守りだとか言われて貰ったそれを持て余し、とりあえず手入れしていた。どこから入手したかなどは一切知らない。ただ、しっくりと手に収まるその金属の感触は、まるで大地の手に合わせて作られたかのようだったというのに。
「もしかして、そっちのお仕事ですか」
男が背後で首を振ったのが分かった。
「いいや。お前、さっき持っていたのが何か解るか」
「ワルサーP38、俗称グレイゴースト、ルパンが持っている銃。の、本物」
「それが、俺だ」
男の首を絞める力が少し強くなる。男は自分を銃だと言ったが、大地には信じられなかった。しかし、手元から消えた銃、突然現れた男、信じられないとはいえ、それも考慮に入れる他なかった。驚きすぎて混乱を通り越し冷静にすらなっている頭で、平平から言われた言葉を思い出していた。
「……名前は?」
「ワルサーP38だと、自分で言っただろうが」
ぎりりと筋肉質なその腕に更に力がこもる。少しずつ、息が苦しくなっていく。喘ぐようにしながら、大地は更に尋ねた。
「……違、……う、……お前、の、名」
「誰が、言うか」
名前。
それは、誰しも、何であれ持つもので、現代の日本人は当たり前のように使う。けれどそれが持つ重さというのは計り知れない。名前というのは、何かを縛り、そこに存在させるものだと、そんな風に平平が言っていたなぁと、大地は記憶を手繰る。
特に、人ではないようなモノにとっては『真名』と呼ばれる彼らの本来の名は、彼らを縛る鎖になる。だからこそ、彼らはまず名乗らない。そんなまるで小説のようなことを、平平は当たり前のことのように言っていた。ならば、男が名乗らないのも当たり前だった。目の前の男が不法侵入者だという可能性は考えなかった。
「知りたい、から……聞いた、だけだ」
何故か笑みが零れた。動揺からか、一瞬男の腕の力が緩んだ。それでも相変わらず息は苦しい。
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