約束

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「テオドールは、ある男が、親友を守ってくれと銃に願ったせいで生まれた」  口火を切ったのは平平だった。 「だけどまぁ、戦火の中、親友は生き残れず、男はテオドールで自殺をした。守る為に生まれた筈なのに、誰一人守れなかったのさ」 「その後は?」  大地は尋ねた。平平がなぜ知っているのかはわからなかったが、それが嘘だとは思えなかった。伏せられた目は真剣そのもので、いつも歯を見せて笑っている男の顔とは、違っていた。 「持ち主を転々としたみたいだが、所詮殺すための道具だからな。あいつにとって、誰かに使われるってのは地獄だろうよ」  平平の手から、空のペットボトルが放られる。それは綺麗な放物線を描いて、教室の隅のゴミ箱へと収まった。ガラガラとプラスチック同士が当たる音が教室に響いた。大地は、口を閉ざし、黙っていた。 「……俺からもお願いだ、あいつを、壊してやっちゃくんねぇか?」  逡巡した後、平平はいつものはっきりとした口調からは想像もつかない、弱い声で言った。少し掠れたその声は、痛みを連想させた。それに、大地ははっきりとした口調で答えた。 「絶対に、それだけは嫌だ」  平平が、縋るような、それでいて怒りで満ちた視線を大地に送った。握り締められた手のひらが、今にも大地を殴りつけようと振りかぶられる。大地は物怖じせずにただ、じっと平平を見つめていた。彼の拳は振り上げられたまま止められ、彼の逡巡が見て取れた。  ドンッと音を立てて、振り上げられた拳は机に叩きつけられた。その手は、固く握り締められ、骨と血管を浮かばせていた。殴りつけた手は痛むだろうに、平平はきつく口を引き結び、ただ悔しそうに机を睨んでいた。大地は俯いたその頭上から声を落とす。 「……俺は、テオドールと死にたくない。俺は、あいつと生きたい。例えあいつが俺と生きるのを拒んでも」  ぱたり、と握り締められた拳の上、雫が零れ、浮いた骨を伝った。ほろほろと落ちてくる涙が机と彼の手を濡らす。その様子を、大地はどこか他人事のように見ていた。ただ、彼が泣くのは、忍びなかった。
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