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「……テオドールか?」
大地の不機嫌の理由を、彼は大地の愛する人に結論付けた。
「どうせ今日もどっかで見てるんだろ。平平、これから面倒をかけると思うけど、あいつをよろしく頼むぞ」
はぁと息を吐き出す。白い煙が視界を曇らせる。大地のこれから見る世界とたいして変わりがないのだろうという予感がした。結婚式の今日、大地の前からテオドールは唐突に姿を消した。それは、こじらせすぎた関係を結婚生活に持ち込みたくなかったのであろうことが一つ、大地の幸せな姿を近くで見ていられなかったであろうことが一つ。きっとそんな理由だ。あからさますぎて、彼がいないことに気づいた大地は思わず笑ってしまった。
「あの頑固者、本当に面倒臭い」
でも、それでも好きだから嫌になる。そう思うとやるせなさが募る。テオドールの思い通りに彼のことを忘れて、道具として扱ってしまえたらどれだけ楽だろうか。できたら苦労していない。人に合わせて生きてきた大地が、唯一執着し、欲する相手をそうやすやすと忘れられる訳が無い。
いつになく荒んだ顔をして煙草をふかす大地を、平平は珍しく黙って見つめていた。大地もそんな彼に、おそらく人生最後であろう、他人に、ひいては世界に対する怒りを剥き出しにした。
「何が結婚しなきゃ死んでやる、だ。ふざけんな」
また半年程で別れると思っていた彼女は精神的に不安定で、首に包丁を突きつけて大地を脅した。覚悟を決める暇もなく、大地は自分の人生を諦める決断を下すしかなかった。働きはじめて二年までは待ってくれ、となんとか説得して手に入れた限られた自由な時間は、あっという間に過ぎた。その間何度テオドールを抱いたかは分からないが、そんなもので足りるはずもない。
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