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「痛いか?」
分かりきったことを聞けば、脂汗を浮かべたテオドールが、大したことはないと答えた。骨ばった指先がきつく握り締められ、白い肌が更に白くなっていること、力が入りすぎて少しだけ震えていることは、見て見ぬふりをした。
荒い息。断続的に響く音。自分の吐息さえやたらと大きく聞こえてくるような不思議な感覚に陥る。大地は、取り憑かれたようにその白を自分の思うがままに染めていった。無心だった。
どれくらい時間がたったのかも、分からなくなる。
「……終わった」
カチャリと金属音を立てて針を置いた時、全身を妙な虚脱感が襲った。だらりと力なく腕を体のサイドに垂らし、自分が彩ったテオドールを見下ろす。肌に入りきらなかった墨は、拭いきれずその真っ白な肌を薄汚くしていた。もう一度、まっさらなタオルでそっと拭えば、覗く白。熱を持っているのか、青みがかったその墨の周りは赤く縁どられていた。
汗で、彼の髪がべたりと額に張り付いていた。それを指先で流してやる。ぐったりとしたその姿に、湧き上がる同情と哀れみと。
「ああ、お前は……」
すっと目線だけで、彼はこちらを見た。美しい瞳を縁取る曲線は、炎のように見えた。冷たい氷を彩る青い炎は、大地を焼き尽くす。
「お前は、なんて可愛らしいんだろう」
馬鹿言え、と彼は痛みで引きつった顔で唇を歪めた。素人同然の大地の手で刻まれた激情は、鮮やかに、一筋もぶれることなく彼の肌を這った。まるで初めから彼の体にあったかのように、自然にそこに在った。大地を受け入れ、その色に染まったのかと勘違いするほどに馴染んだそれを見て確信をした。
その美しさは、彼本来のものだと。大地の技術では確実に表現しきれないであろうそれは、望みに応えた彼自身が変わったものであり、作業自体は儀式でしかなかったのだと、そう夢見た。
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